第2話

「……二回目で一人にされるって、ほんと大丈夫かな。この店」


 レジカウンターに座ってぼんやりと呟く。店主夫婦はアマキが開店準備を一人で出来るかどうか見届けてから「じゃ、あとはよろしく」とにこやかな笑顔で出て行った。出勤二日目の高校生バイトに店のすべてを任せる店主。かなりの度胸の持ち主である。


「まー、初日もお客さんなんて一人も来なかったもんなぁ」


 ギシッと椅子の背にもたれながらアマキはスマホを取り出した。客がいない間は何をしていても構わないと言われているので気は楽だ。

 開店準備、閉店準備、買取対応等々、すべて店主がマニュアルを作ってくれているので客が来たとしても問題なく対応できそうである。


 ――本当に、ただ店番が欲しかっただけなんだな。


 店を休みにするという選択肢はなかったのだろうかとも思うが、きっと店主にも何か理由があるのだろう。そのおかげで、こうして楽なバイトが見つかったわけだし。

 アマキはそう自分を納得させ、ありがたくものんびりと勤務時間を過ごすことにした。

 勤務時間は午前十時から午後五時まで。休憩は十二時から一時間。その間は店を閉めても構わないと言われているが、こんなにも暇ならば閉める必要もなさそうだ。来るときにパンを買ったので、ここで食べてしまおう。

 そんなことを考え始めた十一時三十分。カランッと金属が触れ合う音が店内に響いた。それは入り口のドアにぶら下げたベルの音に違いない。

 客が来たのだろうか。アマキはなんとなく緊張しながら背筋を伸ばし、入り口の方へ視線を向ける。本棚と本棚に挟まれた細い通路から聞こえる靴音。そしてガサガサと擦れる紙袋の音。アマキは接客のマニュアルを手元に開き、来訪者が近づいてくるのを待った。

 そして現れたのは、手に大きな紙袋を抱えた小柄な少女だった。背丈やその顔立ちから、おそらく中学生くらいだろう。


「……誰?」


 少女は幼さの残る声でそう呟くとレジの前で立ち止まり、持っていた紙袋を床に下ろした。そして無造作に垂らした長く艶のある黒髪を邪魔そうに掻き上げると左右に視線を向ける。


「じいじ店主は?」

「……じいじ店主? あ、店長たちなら本の買付で今日と明日は留守にしてます」


 アマキが答えると少女は思い出したように「そういえば、そんなこと言ってた気がする」と頷き、そしてアマキを指差した。


「バイト」

「え、あ、はい」

「じいじ店主から聞いてる。アマキ……。アマキ、なんだっけ」


 問いながらもまっすぐにアマキのことを見つめてくる少女の薄い茶色の瞳は、まるで何かを見透かすような不思議な雰囲気を纏っていた。


「えーと、一藤ですけど」

「ああ、うん。そうだ。知ってた。アマキヒトフジ」

「あ、店長から名前も聞いてました?」


 少女は頷く。しかし、その瞳はじっとアマキを捉えたままだ。不思議な子である。いや、変わっているというべきか。

 その容姿はまだ子供だというのに彼女が纏っている雰囲気は子供のようであり、しかしどこか大人びているようにも思える。店長の知り合いであることは間違いないだろう。

 こんな、およそ子供には縁もなさそうな店に一体どんな用があってきたのだろう。客というわけではないだろうとアマキは勝手に判断する。


「えっと、もし店長に御用でしたら伝言をしておきますが。お名前を伺っても?」


 こうして見つめ合っていても埒があかない。アマキはカウンターに置かれたメモ用紙を引き寄せた。


「……シロ」


 少女はアマキを見つめたまま、そう呟いた。


「ん? シロ?」

「あ、違う。柊」


 しまった、という顔を浮かべた彼女は慌てた様子でそう言い直した。


 ――柊、シロ?


 シロがどういう字を書くのかわからないが、随分と変わった名前だ。まるで犬か猫のようである。

 変わった名前というのならアマキ自身も同じ。天鬼という、少し厳つい名字に対して可愛らしい名前をと祖母が考えてくれたらしいが、それがなぜ一藤になったのか。単純だ。祖母が藤の花を好きだったから。そして語呂がよかったから、だそうだ。

 きっと彼女も似たような理由でそういう名前をつけられたのだろうと思うと、勝手に親近感が沸いてきた。アマキは少し気まずそうな表情を浮かべている少女に微笑むと「ご用件は? シロちゃん」と訊ねた。すると彼女は不思議そうに首を傾げる。

 いきなり馴れ馴れしかっただろうか。ここはやはり敬語で対応するべきだったかもしれない。瞬発的に沸いてきた親近感に、思わず素が出てしまった。アマキは「あー、えっと、柊さん?」と言い直してみる。すると少女は「シロ?」と自分のことを指差した。


「え? あ、うん。あれ、違いました?」


 しかし、少女は嬉しそうにニッと笑みを浮かべると首を横に振った。


「シロでいい。アマキ。あと敬語もいらない」

「あ、そう?」

「うん。それから、別にじいじ店主に言いたいことはない。これ、持ってきただけ」


 言うと彼女は床に置いていた紙袋を持ち上げた。そしてカウンターに乗せようとするが、かなり重いらしく持ち上がらない。アマキは慌ててカウンターから出るとそれを受け取った。ずしりと重たいその袋の中には分厚い書籍が十冊程度入っていた。


「えーと、これは」

「買い取ってほしい。マサノリに頼まれた」

「マ、マサノリ?」

「うん。マサノリ」


 それが誰なのかわからないが、とりあえず買取希望だということは理解できた。アマキは袋の中身をカウンターの上に出しながら「買取査定は店長たちが帰ってきてからじゃないとできないんだけど」とシロを見る。彼女は勝手知ったる我が家のように買取待ち用のテーブルまで移動して椅子に腰を下ろしていた。


「知ってる。査定が終わるまで店で本を預かる」

「ああ、うん。預かり証を作るから少し時間を」

「うん、待ってる」


 シロはそう言うと眠そうに大きく欠伸をした。どうやらここの買取手順もすでに承知のようだ。


「じゃあ、ちょっと待っててね。すぐ作るから」


 言いながらアマキはカウンターに置かれているノートパソコンを開いた。預かり証のテンプレ―トはパソコンに保存されている。ここに必要なことを入力して印刷。それを相手に渡すだけ。

 マニュアルに書かれている手順を再確認しながらアマキはパソコンに必要事項を打ち込んでいく。


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