第31話
「よっし、決めた! ハルカちゃん!」
ふいに碧菜が声をあげてハルカは「は、はい!」と背筋を伸ばした。
「これとこれ。あと、これとこれを買うから」
「え、そんな買うの?」
「買うの!」
アマキの声に碧菜は嬉しそうに笑いながら答えた。ハルカは慌てた様子で差し出されたキーホルダーを受け取る。
「あ、はい。ありがとうございます。えっと、袋を。あれ、袋は……」
「――あの、わたしが入れるよ?」
クロがおずおずと手を差し出した。ハルカはそんなクロを見て優しく微笑むと「じゃあ、お願い」とキーホルダーをクロに手渡す。
「丁寧に入れろよ? それ、三つはプレゼント用だから」
「え、そうなの? でも、紙袋に入れると中見えないけど」
「いいんだよ。どれも可愛いから。クロとハルカちゃんが作ったもんだし?」
「アオ、馴れ馴れしいよ? 鍋元さん、引くから」
クロが軽くため息を吐いて言う。碧菜は「そんなことないっしょ?」とハルカに圧のある笑みを向けた。ハルカは笑いながら「はい、そんなことないですよ」と大人の対応をしている。
「……どっちが年上かわからない」
呆れたシロの声。しかし、その口元は笑っているように見える。そのとき「あれ、天鬼さん?」と男の声がした。振り向くと、背の高い男が目を丸くして立っていた。その顔には見覚えがある。
「お? ナベじゃん! なにしてんの、こんな女子校で。あ、わかった。彼女見つけようとしてんだ。まさか年下が好みだったとはなぁ」
「おま、綾坂! いきなり変なこと言ってんなよ! 誤解されるだろうが!」
顔を真っ赤にして声を荒げた彼は、たしか碧菜の友人だ。そういえば何度か会ったことがある。彼は「ったく」と力なく肩を落とした。
「え、違うの? じゃあ、男一人で女子校に何しに来てんの? やばくない?」
「やばくねえ! あと一人でもねえ! 家族と来てんの! 妹が通ってるから」
「へ? マジ? ナベの妹……。あれ、待って? ナベの名字ってなんだっけ?」
「えー、いまさら? 鍋元だよ」
「鍋元……」
アマキと碧菜は同時に呟き、そしてハルカへと視線を向ける。彼女は困惑した様子で「兄の友達だったんですね」と笑った。
「――似てないね、ハルカちゃん。いや、兄に似なくて良かったというか」
「どういう意味だ、おい」
ナベはため息を吐くと「で、おまえはなんでここにいるんだよ」と首を傾げた。
「わたしは、ほら。友達がここにいるから」
「友達?」
「そう。このクロがわたしの友達!」
碧菜は机の向こうに回り込むとクロと肩を組む。クロは少し嬉しそうにしながらも「営業妨害はやめてくださーい」と碧菜を押しのける。
「クロ……。ああ、黒宮さんか。妹からよく話聞いてたよ」
ナベは笑みを浮かべてハルカに視線を向けた。するとハルカは慌てた様子で「お兄ちゃん!」と手をバタバタする。クロは不思議そうにハルカを見るとナベに向かって首を傾げた。
「なにを?」
「ずっとお喋りしてみたいと思ってた子とペアになったから嬉しいとか。仲良くなりたいとか。最近はずっと嬉しそうにしてたよ」
「お兄ちゃん、やめてってば!」
顔を真っ赤にするハルカにクロは顔を向ける。
「そうなの?」
そう訊ねたクロの表情は明るく、嬉しそうだ。ハルカはそんなクロを見てさらに顔を赤らめる。
「そうなんだけど……」
「よかったじゃん、ハルカ。無事、友達になれたみたいで」
「いや、だからお兄ちゃん――」
「友達?」
クロが首を傾げる。ハルカは兄への言葉を呑み込むと恥ずかしそうに目を伏せた。
「あの、黒宮さんが嫌じゃなかったら……」
「クロでいいよ?」
その言葉にハルカがパッと顔を上げる。
「わたしはクロ。鍋元さん、友達になってくれる?」
無邪気に笑ってクロが右手を差し出す。ハルカは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにふわりと微笑んでクロの右手を握った。
「うん。よろしく、クロちゃん。わたしはハルカでいいよ」
「ハルカ! よろしく!」
嬉しそうにクロは繋いだ手を大きく振った。その様子を碧菜は穏やかな表情で見つめていた。
「よかったね、アオ」
「うん。これでクロも学校楽しくなるはずだよ。ナベ、よくやった」
言って彼女はナベの背中をバンッと叩いた。
「いってえな! 何がだよ!」
よくわかっていないのだろう。彼は困惑しながらも痛そうに顔をしかめている。そんな彼を碧菜は嬉しそうに容赦なくバンバン叩く。
笑いながらその様子を見ていると、ふとシロがサングラスを外してナベのことをじっと見つめていることに気がついた。
「シロ? どうしたの」
「うん。ちょっと」
「サングラス、外して平気?」
「ちょっとなら平気。もうわかったし」
言いながら彼女は再びサングラスをかけた。アマキは首を傾げる。
「なにが?」
するとシロはニヤリと笑みを浮かべて内緒話をするようなポーズを取る。アマキは眉を寄せながら彼女の方へ耳を近づけた。
「ナベ、アマキのこと好きだよ」
「……は?」
思わず変な声が出てしまった。碧菜とナベが何事かと振り返る。アマキは笑って誤魔化しながらシロを横目で見た。彼女は「人の色はすべてを語る」と意味深な言葉を残してクロの方へと移動する。
「シロ! わたし友達できた!」
「知ってる。見てたから」
「ちゃんと学校も行くよ。ハルカが勉強も見てくれるって」
「そうなの?」
「あ、はい。わたしもそんなできる方じゃないですけど。一緒に勉強したらお互い身につくかなって」
「そっか。じゃ、わたしは用済みだね」
「ううん。休みの日はあのお店でシロに教えてもらう! あと、アオとアマキからも」
「アオはともかく、アマキはあそこでは仕事中だから無理言っちゃだめ」
そんな会話を聞きながらアマキはまだ碧菜にいじられているナベの方へと視線を向ける。そのとき、一瞬だけ彼と目が合った。しかし彼はすぐに慌てたように顔を背けてしまった。気のせいか、その頬が赤くなっているように見える。
「……マジで?」
呟いたアマキの言葉は、騒がしい周囲の声に紛れて誰に届くこともなかった。
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