―一月―
第36話
新年を迎えた新学期。クラスに広まっていたアマキの噂は沈静化しつつある。
アマキの陰口を言っていた名も知らぬ女子生徒も今では身を隠しているのかと思うほど姿を見なくなった。そう言うと、碧菜が「わたしのおかげだな!」と自慢げに笑う。彼女がどんなケンカをしたのか少し興味があったのだが聞いても教えてはくれない。
そして碧菜から怒られたというナベは丁寧に謝ってくれた。自分のせいで迷惑をかけて申し訳なかった、と。そして彼はこうも言った。
「でも俺が天鬼さんのこと好きなのは本当だから。今後はもうこういうことは絶対に起こらないようにする。何かあったら俺が全力で守る。だから、その、付き合ってほしい」
真剣な表情で彼はアマキを見つめてくる。それはクリスマスイブ。終業式が終わった後の校舎裏でのことだった。
まるで漫画のような展開。けれどアマキは何も感じなかった。嬉しくないわけではないし興味がないわけでもない。もちろん彼のことが嫌いなわけでもなかった。それでも何も感じない。
付き合ってみれば気持ちは動くのかもしれない。しかしその確証はない。そんな状態で付き合うのは失礼ではないか。
一瞬にしてそんな考えが駆け巡り、そして気づいたときにはアマキは謝っていた。何も理由を言わず、ただ「ごめんなさい」と。
「そっか……」
彼は悲しそうに微笑んで頭を掻き「……わかった。ありがとう」と言って去って行った。それきり彼とは顔を合わせていなかった。それなのに、とアマキは目の前の光景にため息を吐く。
「どうしたの、アマキ。ため息が深い」
アマキと並んでベンチに座るシロが不思議そうに言う。アマキは「どうしたもこうしたも……」と呟きながらもう一度深くため息を吐く。そして少し向こうへ視線を向けた。そこでは楽しそうにビーチバレーで遊ぶ碧菜、槇本、クロとハルカ、そしてナベの姿があった。
どうやら鍋元兄妹チーム対碧菜とクロチームで試合をしているようである。槇本は審判役なのだろう。コートの外からボールの動きを眺めている。
「寒いのによくやるよね」
シロはダウンジャケットのポケットに両手を入れ、さらに首に巻いたマフラーに顎を埋めながら言う。
「そうじゃなくてさー」
アマキはベンチの背にもたれて空を仰いだ。すっきりと晴れた青空に吐いた息が白く溶けていく。
「なに。混ざりたいの? いいよ。わたしはここでアマキの勇姿を見てる」
「そうじゃなくて、なんでこのメンバーなの?」
アマキは言いながら視線をナベに向けた。
「わたしは知らない。アオが呼んだんじゃない?」
シロは興味なさそうに言うと視線を周囲に向ける。そこは海浜公園だった。なぜこの時期に海辺の公園に来ているのか。それは新学期を迎えて少し経った、とある日の昼休憩のことだった。
いつものように人気のない場所に集まって昼食をとっているとシロがおもむろに「人のいる場所に行きたい」と言い出した。
「……学校にもいるじゃん? 人」
アマキが聞くと彼女は「もうちょっと少ないところ」と言った。碧菜は首を傾げる。
「つまり?」
「だから、学校ほど人が密集してなくて思いがけず人間とエンカウントするような場所」
「人間とエンカウントって……」
槇本は呆れたように言うと「街にでも行けばいいん。駅前とか、めっちゃ人来るし」と言った。しかしシロは首を横に振る。
「駅はハードルが高いから、もう少し人が少ないとこがいい」
「ワガママだな」
槇本の言葉にアマキは苦笑しながら「でも、なんで急に?」と訊ねた。
「シロ、人が多いと体調悪くなるのに」
「そうだけど。でも行きたい」
「だから、なんで?」
「修学旅行」
シロはアマキを見ながら言った。槇本が「そういや来月だね。修学旅行」と思い出したように頷く。
「なるほど」
アマキは納得してシロの頭を撫でてやる。
「え、なに。今のでわかったの?」
槇本が目を丸くして碧菜に視線を向ける。
「碧菜、わかった? 今の一言で」
碧菜は困ったような顔で「いやー?」と首を傾げる。
「だよね。わたしもまったくわかんなかったわ」
呟きながらパンを口に運ぶ槇本は、しかしさして興味もなかったのか「で、どこ行くの?」と普通に遊びに行く方向に話を進めた。すると碧菜が真剣に考え始める。
「そうだなぁ。あんまり人が多くないけど、そこそこ人がいるところか……。難しいなぁ」
そうして碧菜と槇本が考えて出した場所が、この海浜公園だった。真冬に海に来る者などいないだろう。そうアマキは思っていたのだが、どうやら世間一般的にはそうでもないらしい。
海辺ではあるが、ここは公園で今日は晴天。家族連れやカップルなどが遊びに来ていた。
広い駐車場のスペースは半分ほど埋まっている。みんな遊んだり散歩をしたりして休日を楽しんでいるようだ。そんな穏やかでのんびりとした空気を賑やかにしているのは碧菜たちだった。
この公園にきてから早一時間半。勝負のつかないビーチバレーは終わりが見えない。
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