第43話
「アオ、うるさーい。お客さんいたら迷惑だよ」
「たしかに。クロ、大人になったな」
そんな会話をしながら通路から碧菜とクロが現れた。二人はアマキたちを見ると揃って怪訝そうな表情を浮かべる。
「シロとアマキ、握手してる」
「なにやってんの、フジ」
「なにって……」
アマキは握ったシロの右手に視線を向ける。
「握手?」
「いやだから、何のだよ」
「友達の握手」
「はあ? 友達?」
「そう。わたしとアマキ、友達になった」
シロの言葉に碧菜とクロは眉を寄せて顔を見合わせる。そして「えーっと……」と碧菜が額に手をやりながら再び視線をアマキたちに向けた。
「今?」
「そう、今。これは、その握手」
「じゃ、今までは?」
「今まで……」
今度はシロとアマキが顔を見合わせる番だ。アマキは少し考えてから「知り合い?」と首を傾げた。
「いや、どう考えてもそれ以上だっただろ」
すかさず碧菜が言う。クロも「二人とも、もうずっと前から友達だったじゃん」と不思議そうにしている。
「そうなの?」
「マジで?」
シロとアマキは同時に言いながら手を放した。
「マジで? ってのはこっちが言いたいわ」
碧菜は苦笑しながら肩をすくめた。
「普通、ただの知り合いが風邪で修学旅行休んでも看病の為に自分も休んだりしないっしょ?」
「そうかな……」
シロは首を傾げる。すると碧菜は思いついたように「じゃ、質問」と軽く手を挙げた。
「たとえば修学旅行当日に熱を出したのがわたしだったとします。シロちゃんはわたしの為に修学旅行を休みますか?」
「休まない」
「……わかってはいたけど即答はツラい」
「わたしは休むよ! アオ!」
「おお、優しいなぁ。クロは」
碧菜はクロの頭をワシワシと撫でてから「つまり、そういうことだろ」とシロに向き直った。シロはさらに首を傾げる。
「つまり?」
「だーかーら、シロちゃんにとってフジは特別だったってことでしょうが。だから、あんな楽しみにしてた修学旅行も休んだんでしょ?」
それを聞いてシロは目を丸くしながら「なるほど」と納得していた。碧菜は「で、フジ」と腕を組むと、今度はアマキへ視線を向けた。
「え、わたしも?」
「そうだよ。フジはシロちゃんが修学旅行を休んで見舞いにきてくれてどう思ったわけ?」
「どうって……。嬉しかったけど? 普通に」
「じゃ、わたしが行ってたら?」
「そりゃ嬉しいんじゃない?」
言ってからアマキは「でも、ちょっと――」と眉を寄せる。
「ちょっと?」
「申し訳ないなって思ったかも。アオは修学旅行とかのイベント、大好きだから」
「うん。たしかに。でも、それはシロちゃんも同じじゃない? 今回に限っては、もしかしたらわたし以上に楽しみにしてたかもしれない。でもシロちゃんに対しては嬉しいっていう気持ちしかなかったわけだ。それはつまり、そういうことなんじゃない?」
アマキは碧菜が言わんとしていることがよくわからず首を傾げた。碧菜はそんなアマキのことを呆れたように見つめると「友達以上、かもね」と微笑んだ。そしてすぐに「悔しいから、それ以上は言わないけど」とそっぽを向き、テーブルの方へ移動した。
――友達以上。
アマキは心の中で呟きながらシロを見る。彼女はあまり深く考えていないのか「それでアオは何しに来たの」と言いながらカウンターから離れた。
「何しにとはひどいなぁ。シロちゃんたちと計画を練ろうと思ってきたのに」
「計画?」
「京都旅行!」
先に椅子に座っていたクロがバッと手を挙げた。碧菜はバッグから取り出した雑誌をテーブルに置きながら「やり直しするんでしょ? 修学旅行」と言う。
置かれた雑誌は、どうやら旅行雑誌のようだ。どの表紙にも『京都』という文字が見える。
「なんで知ってるの」
「フジが言ってたから。で、一緒に計画練ろうと思って」
「……アオたちも行くの?」
テーブルに並べられた大量の旅行雑誌を眺めながらシロは呟く。碧菜は「行くよー。そのためには日程決めなきゃね」と言ってから、ハッとした表情を浮かべた。
「もしかしてフジと二人で行く気だった? わたしたち、邪魔?」
「えー、そうなの? わたしも京都行きたいのにー」
クロが悲しそうにシロを見つめている。シロは「ううん」とゆっくりと首を横に振ると、柔らかく微笑んだ。
「みんなで行けたら嬉しいな」
一瞬、碧菜とクロが驚いたように目を見開いたのがわかった。しかし二人ともすぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。
「じゃ、まずは日程からだな。フジもこっち来て――」
「仕事中だっていつも言ってんでしょ」
「あー。じゃ、こっちで予定出しとくわ。クロはいつが暇?」
「いつでもヒマー」
「シロちゃんは?」
「わたしも別にいつでも」
「なんだよ。暇人ばっかだな」
碧菜はそう言いながらスマホに何か入力し始めた。その隣ではクロが楽しそうに旅行雑誌を眺めている。その光景すら、いつも通りと言えるようになった気がする。
静かだった店内は自然と賑やかな空気に包まれている。居心地の良い賑やかさだ。
「アマキも、これ」
シロが雑誌を数冊カウンターに置いた。しかし、その表情は何か別のことを言いたそうだった。
「なに?」
アマキが問うと彼女は何となく言いづらそうに「さっきの」と視線を碧菜に向けた。
「アオが言ってたこと、よくわからなくて」
「言ってたこと……?」
「アマキはわたしの特別なんだろって」
「ああ」
そこだけを抜き出されると、なんだか恥ずかしいものがある。しかしシロは何も思わないのか言葉を続ける。
「それは、アマキはわたしの友達ってことじゃないの?」
「うん。友達だよ。でも、友達よりも特別な存在っていうのがあるんだってさ。アオが言ってた」
「友達よりも特別?」
「そう」
「なに?」
「親友」
「……親友。アオがアマキの親友なんじゃないの? 前にアオ、言ってた」
シロは意味が分からないとばかりに眉を寄せた。
こういうところはアマキの方が一般的で普通の感覚をもっているのだろうと思う。少なくとも、親友という言葉の意味をなんとなく知っているのだから。
アマキは笑みを浮かべる。
「親友は一人に限らないってのが、世間一般では普通なんじゃない?」
「へえ……。じゃ、友達と親友の違いは何?」
「それがさっきアオが言ってたことじゃないかな」
するとシロは「なるほど」と神妙な顔で頷いた。そして難しい表情をアマキに向ける。
「じゃ、わたしとアマキはどういう関係?」
アマキはシロを見つめる。
同じことを、シロと出会ったばかりの頃にも考えた。そのときはわからなかった。だって、あの頃はまだシロのことを知らなかったから。それこそ、本名すらも。
だけど今は違う。もちろんシロのことが全部分かったというわけでもない。彼女の見たことのない表情だってまだあるのだろうし、知らないことだってたくさんあるだろう。それでも、あの頃よりも少しはわかっていると思う。
優しく、強く、繊細。
しかしどこか鈍感で、世間とはズレているところがある。
他人の目を気にせず、ただ自分の想いに正直。
そして誰よりも普通を求め、そうあろうと努力を惜しまず一生懸命に生きている。
シロから見た自分はどうなのだろう。彼女にはアマキがどう見えているのだろう。そう考えてから、ああ、そうかとも思う。
――真っ白、か。他とは違う、特別な雲の色。
「アマキ?」
シロが不思議そうにアマキのことを見ている。そのまっすぐな瞳を見つめながらアマキは微笑んだ。
「親友、なんだろうね。たぶん普通の意見としては」
「親友……」
「うん」
すると彼女は笑みを浮かべた。少し、恥ずかしそうに。
「そっか」
「てことで、よろしくね。親友さん」
アマキが冗談めかして言うと、シロは「うん、よろしく」と嬉しそうに笑った。この満面の笑みは、きっと碧菜もクロも知らない、アマキだけが知っている彼女の表情。
「フジ、スマホ見てー。日程候補決めてみたから」
「仕事早いなぁ、アオ」
「やり方が効率的」
「さすがだね、アオ!」
わいわいと京都旅行の話が進んでいく。楽しい時間が穏やかに過ぎていく。きっと、今が人生で一番普通で楽しい時間なのかもしれない。
漫画や小説のような劇的なことは何も起きない人生。それが普通だ。きっとまた始まる一年も同じように、なんら特別なことは起きたりしないのだろう。
それでも穏やかな時間が過ごせたらいい。
友達と、親友と一緒に。
普通の穏やかな時間を。
そのとき、一緒にスマホを見ていたシロが顔を上げて目が合った。彼女は微笑む。きっとシロも同じことを考えている。
なんとなく、そう思った。
シロとわたしの十二ヶ月後の関係性について 城門有美 @kido_arimi
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