4-5
いきなりばれていました。
「えっと、あの……」
「隠す必要はないよ。あたしも巫女だったからね。何となく分かるのさ。……かんな様は、側にいるのかい?」
かんな様はいつもと同じ、いえ、今までよりも感情の読めない無表情でおばあさんを見つめています。何となく、どこか悲しそうだと思ってしまいます。かんな様がおばあさんの手を取ると、おばあさんが目を丸くしました。
「あ……。もしかして、かんな様、ですか?」
どうやら自分の手に触れているのがかんな様だと察しがついたようです。かんな様がおばあさんの掌に、指でゆっくりと文字を書いていきます。
「えっと……。お、つ、か、れ……。かな? あたしはたいしたことはしていませんよ。みんな、あたしの周りががんばっただけで」
そこまで言って、おばあさんは微笑みました。
「まあ、かんな様の巫女になれたのは、この人生の数少ない自慢ですよ」
それを聞いたかんな様はしばらく固まっていましたが、やがて、
「……ん」
小さく、かんな様が声を漏らしました。そしてその直後、
「へ……!?」
おばあさんが、驚愕に目を丸くしました。どうしたのでしょうか。
「なん、で……」
おばあさんは、かんな様を見て固まってしまっています。そう、かんな様を見て、です。それに気づいた私も驚いてしまいました。つまり、おばあさんはかんな様が見えているのでしょう。本来見えないはずのかんな様を。
「神力を使えば、短時間なら姿を見せることができる。ただ、必要な量が多いから、普段は使わない」
いろんなことができるとは知っていましたけど、まさか姿を見せることができるとは思っていませんでした。ただ、普段使う素振りすら見せないことから察すると、気軽に使えるようなものではないことは分かります。
おばあさんはかんな様をじっと見つめていましたが、少しして、嬉しそうに頬を緩めました。
「こんな老いぼれのために貴重な神力を使っていただいて、ありがとうございます」
「ん。私がやりたくてやってることだから」
そう言って、かんな様はおばあさんに小さく頭を下げました。
「いろいろと、ありがとう。お疲れ様でした」
おばあさんが、目を見開きます。そのまま固まっていましたが、嬉しそうに微笑みました。
「私にはもったいないお言葉ですよ、かんな様。こうして最後にお話することができるだけで、私にとっては十分以上の報酬です」
「ん。大げさ」
「本心ですよ」
おばあさんが笑って、かんな様は少し目を細めました。嬉しそうに、けれど悲しそうに、笑っているような気がします。
「それじゃあ、良い旅路を」
「はい。ありがとうございます、かんな様。かんな様にも、これからの日々が良きものとなりますように」
「ん。ありがと」
かんな様は満足そうに頷くと、ふ、と短くため息をつきました。それだけで、なんとなく、かんな様の存在が希薄になったような気がします。その感覚は間違い無かったようで、おばあさんが少しだけ残念そうに目を伏せてしまいました。
「行こう、さつき」
「はい……。分かりました」
おばあさんに何か声をかけた方がいいかもしれない、とは思いますが、私にはかける言葉がありません。まず私は、このおばあさんのことを元巫女としか知らないのですから。
かんな様と一緒に病室を出ようとしたところで、
「ちょっと待っておくれ」
そのおばあさんに呼び止められました。
「えっと……。私、ですか?」
「そうだよ。まあ、大した用じゃないんだけどね」
おばあさんの目は真剣そのものです。思わず生唾を呑み込んで、姿勢を正しました。
「かんな様のこと、頼んだよ」
言われた言葉はそれだけです。このおばあさんにとっては、かんな様はそれだけ大きな存在だったのでしょう。その気持ちは、痛いほど分かります。
「はい。任せてください」
私がしっかりとそう答えると、おはあさんは微笑み、頷いてくれました。
病院からの帰り道。私とかんな様と一緒に学校へと歩きます。社に帰るために。
「あの、かんな様」
その道中に声をかけると、かんな様は立ち止まってこちらを見てくれます。
「さっきの、おばあさんは……」
「ん……。明日、遅くても明後日。死ぬ」
なんとなく、もしかして、と予想はしていました。かんな様が直接会いに行くということは、そういうことなのかもしれない、と。ですが、やっぱり直接聞くと、何を言えばいいのか分からなくなります。
かんな様はしばらく私のことを見つめていましたが、私が何も言わなかったためか、社へと歩き始めました。私は慌ててその背中を追います。かんな様の背中は、とても小さく見えました。
「もう、数え切れない」
かんな様が、歩きながらそう言います。私は何も言えずに、じっとかんな様の言葉を聞きます。
「数百年。私はずっとここにいて、巫女も何度も代替わりを繰り返してる。大勢の巫女を会って、別れて、何度も……」
何度も彼女たちの死を看取った。
かんな様の声には何の感情もありません。いつも以上に徹底的に感情が廃されています。それが何を意味するのか、はっきりと私には分かりません。
何を言えばいいのか、何をすればいいのか。私には分かりません。私は、誰かの死を看取ったことなんてありません。そんな私が何かを言えるはずもなく。それでも何かしたいと、気づけばかんな様の小さな手を握っていました。
「ん……」
かんな様が小さく声を漏らして、私のことを見上げてきます。すぐに顔を伏せて、
「ありがと……」
小さな声で、そう言われました。
翌日とその次の日は、かんな様は留守にしていました。事前に聞いていたので、私は社の掃除だけをして帰っています。さらに次の日にかんな様は戻ってきて、いつもの無表情で、
「死んだ」
誰のことかは、分かります。あのおばあさんのことでしょう。かんな様はそれを見届けて、お葬式にも少し顔を出していたようです。こっそりと、お線香をあげてきたそうです。
その日は、かんな様はずっと私にひっついてきて、今も私にぴったりとくっついています。人肌の温もりが欲しい、そうです。
「明日には、元に戻るから。今だけ」
「はい。私でよければ、甘えてください」
「ん……。ありがと」
かんな様はそう言って、とても珍しいことに笑ってくれました。ただそれは、とても儚げで、今にも消えてしまいそうなものでした。
ずっと、こんなことを繰り返している。そう思うだけで、胸が苦しくなります。私には、かんな様の苦しみを想像することなんてできません。今までの巫女が、かんな様と仲良くならないように、としていた理由が分かったような気がします。仲良くすればするほど、かんな様の苦しみが大きくなる。けれど、分かっていても、こんなかんな様を放っておくことなんてできません。
かんな様を膝に乗せながら、私はずっと悩み続けていました。きっと、私は一生、この悩みを持ち続けるのでしょう。妙な確信が、自分の中にありました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます