5-2
私は少し考えて、一つの方法を思い浮かびました。思い浮かんだ、というよりは、かんな様が最初から持っている手段ですが。
「あの、かんな様」
「ん?」
「神力に余裕はありますか?」
「さつきのおかげで、それなりにある」
探し物などの時、かんな様は普段なら神力を使ってさっさと見つけて終わらせるそうです。最近は私が同行して探す、つまり神力を使う量が少なく済んでいるので、今までよりたまりやすいとのことです。
「その神力を使って、姿を見せることとかは……」
「ん……。なるほど」
かんな様が目を閉じて、黙ってしまいます。多分ですけど、神力の量を確認して、文化祭でどれだけ使えるかを計算しているのでしょう。じっと答えを待っていると、かんな様が目を開きました。
「一時間ぐらいなら、姿を見せても大丈夫そう。それ以上は、今後何があるか分からないし、貯めておきたい」
「一時間ですか……。ちょっと短いですね」
せっかくならお化け屋敷だけじゃなくて、文化祭そのものを楽しんでほしかったのですが。ですが、こればかりは仕方ないことでしょう。
「一時間使えるだけでもすごいと思ってほしい。いつもなら、まずやらない」
「そうなんですか? 少しも?」
「ん。やらない。いつもはこっそり食べ歩きをさせてもらってる」
美味しいものがたくさん、とかんな様が少しだけ頬を緩めています。それだけで、かんな様が文化祭をどれだけ楽しみにしているのかよく分かります。飲食店を多くしているのは成功しているようです。
「話を戻すけど、お昼の二時ぐらいに行くから、そのつもりでいてほしい。その時間に休憩とか取らないように」
「了解です。任せてください、かんな様を驚かせてみせます!」
自分に気合いを入れてそう言うと、かんな様は何故か半眼になって呆れたような目を向けてきました。なんだか、かわいそうなものを見るような目になっている気がします。戸惑ってしまっていると、かんな様はため息をつきました。
「まあ、楽しみにしておく。幽霊の衣装を見せた上に、私はどちらかと言えば幽霊に近いかもしれないけど、どう驚かせてくれるか楽しみにしてる」
あ、あれ? 改めて言われると、無理難題のような気が……。この衣装で来たのは失敗だったでしょうか。
「ほら。そろそろ行かないと、クラスの子が心配する」
「う……。はい……」
かんな様に促されて、私は教室へと戻ります。その間もどうやってかんな様を驚かせばいいのか考え続けていましたが、結局いい案は思い浮かびませんでした。
・・・・・
文化祭当日。今日は朝から騒がしい。子供たちはみんな早くから出てきて、準備を頑張っているみたい。さつきも今日は掃除だけしてさっさと行ってしまった。申し訳なさそうにしてたけど、気にしなくていいのに。
さつきからもらったおにぎりを食べながら、遠くに聞こえる喧噪に耳を澄ませる。うん。楽しそうで何より。子供は元気が一番だと思う。
私は社の前でのんびりと待つ。気づけばおにぎりはなくなっていた。今日はシンプルに塩おにぎりだったけど、とても美味しかった。さすがはさつき。私の自慢の巫女。……勝手に私のなんて言ったら怒られるかな?
ふと、学校の放送が聞こえてきた。開会宣言。みたいなもの。興味がないのでほとんど聞き流す。私にとって重要なのは、今から始まるということだけ。みんなのがんばりの成果を見に行くとする。あとは美味しいものを食べたい。
社から離れて、校庭へ。校庭には飲食関係の模擬店が並んでいる。美味しそうな匂いがあちこちからして、とても食欲がそそられる。何か食べたいけど、今は我慢。先に校舎を見に行く。
校舎の中は何かしらの展示やお化け屋敷みたいな、料理関係以外のものがある。私がこれがちょっとした楽しみだったりする。特に三階の三年生の教室には、この町の歴史や特産品などについてまとめられていることが多い。自分の町なので、どうまとめられているのか気になる。
今年もやっぱりこの町についての壁新聞が掲載されていた。教室の隅に机やいすが片付けられ、代わりにパネルが設置されている。ずらりと、大きな紙の壁新聞が並べられていた。
毎年それぞれの学生の考えも記載されているため、なかなかに面白い。ただ、毎回一枚使って私についてまとめるのはどうかと思う。今年もやっぱりそれもあるし。
子供の神様。私たちを見守ってくれる心優しい神様。随分と持ち上げられている。別に訂正するつもりはないが、勘違いもいいところだ。
子供の神様? 優しい? 私の自己満足の結果に過ぎない。呆れると同時に、自分が情けなくもなる。うん、忘れよう。
ん? どうやら今年は私の存在を疑う声もあったみたいだ。失礼な。ここにいるのに。巫女がいなくなったのは、大人たちの都合だ……て、いやいや、むしろ子供たちの都合なんだけど。まあ、我が儘を言っているのは私だけど。
それに今はさつきがいる。十分。
「ほう……。誰だこれは?」
ふとそんな声が聞こえて顔を上げる。すぐ側に校長が立っていた。子供の頃から知ってるけど、老けたね。時間の流れを感じる。
「かんな様の存在を疑うなど……。これは一対一で話す必要があるな」
やめなさい。残念ながら私の声は届かない。立ち去っていく校長の背中を見つめながら、私は見知らぬ学生の無事をこっそり祈った。うん、まあ、がんばれ。
一通り見たけど、まだ時間はある。それではお楽しみの校庭へ。
ちなみに巫女にすらたまに勘違いされるけど、別に私は絶対に食べないといけないわけじゃない。趣味みたいなものだ。ただ、人と同じように満足感はある。
校庭を歩きながら、順番に模擬店を巡る。みんなが気を遣ってくれているのが分かる。どの店にも側に一人用の小さなテーブルが置かれていて、作りたての料理が必ず一つ置かれている。いつの頃からか誰かが始めて、そして今では全ての店で定着してしまったもの。つまりはこれは私用だ。
私は誰も見ていないことを確認して、テーブルからパック詰めされた焼きそばを取る。この町の人は、できるだけこのテーブルは見ないようにしてくれる。それがとても有り難い。
そっとその場から離れて、まずは一口。うん。ちょっとソースが濃いような気もするけど、美味しい。
ちなみに私が食べたものは自然界のエネルギーに還元されるとか何とか。私も元の神様から聞いただけなので詳しくは知らない。興味もない。美味しければそれでいい。
食べ終わって、空の容器をそっとテーブルに戻す。少し離れたところで、交換のためか女子生徒がテーブルへと振り返り、目を丸くしていた。きょろきょろと辺りを見回している。私の姿を探しているのかもしれない。少ししてため息をついて、新しいものに交換してまた料理に戻った。
その後も私は模擬店を巡っての食べ歩き。同じ種類もいくつかあるけど、問題はない。全部食べる。満腹感なんて私には無縁のものだ。いくらでも食べられる。
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