第五話 巫女、文化祭を楽しむ
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私が通う通う中学校には、なんと文化祭があります。公立の中学校にしては珍しいのではないのでしょうか。これは、かつての巫女が、かんな様にも楽しめるイベントを催したいと考え、始まったものだそうです。
この文化祭では、多くのクラスが飲食店をやることになります。というのも、学校側が予め模擬店の選択肢を提示して、クラスの代表がそれを選ぶことになっているためです。飲食店の他には、劇やお化け屋敷といった選択肢もあります。クラスの意志さえあれば、新しく何かを始めることも許可されているみたいです。
中学生だけで飲食店。こう考えるとちょっと怖いと思われてしまいそうですが、そこはさすがに考慮されています。それぞれの道のプロの人、現役の飲食店のオーナーさんや料理人さんが手伝いや監督に来てくれるので、私たちも安心です。
飲食店が多い理由は単純で、かんな様に食べてもらおうと思ってのことだそうです。
今私は、その文化祭の準備をしています。私たちのクラスはお化け屋敷です。そして私はお化け役になっています。お化け役といっても、白いシーツを頭から被って驚かせるだけの役ですが。男子はゾンビやドラキュラと凝っているみたいですけど、さすがに私はそこまでやろうとは思えません。
「さつき。動かないで」
「あ、はい。ごめんなさい」
「なんで敬語なのよ」
「いや、あはは……」
いすに座らされて、叶恵が私に簡単な化粧をしてくれています。少し白っぽく見えるように、だそうです。本番は部屋を暗くすると聞いているので、あまり意味はないと思うのですけど。叶恵にそう言ってみると、叶恵は頷いて、
「うん。まあ私もそう思う」
「あれ? じゃあ、どうして?」
「別に大した理由じゃないわよ。私がやりたいだけ。かわいくしてあげるから、座っていなさい」
「むう……」
いまいち納得できませんが、それで叶恵が満足するなら任せちゃいましょう。決して怖いから逆らえないとか、そういった理由じゃないです。本当に。
しばらくして、完成、と叶恵が満足そうに頷きました。直後にシーツを被せられます。
「わぷ」
「この辺り、かしらね……」
叶恵が手早くシーツを切って、頭を出せるようにしてくれました。さらに切り取った部分を利用して、フードのようなものを作ってくれます。
「こんなところかしらね。はい、さつき」
「ありがと」
早速着てみて、フードを被ります。顔がちょっと隠れる程度の大きさのフードになっていました。ただこれ、お化けというよりは……。
「ゲームの白魔導師とか、そんなものに見えるわね」
「お化け……?」
「まあ、魔法使いと考えたら、あながち間違ってもないと思うわよ」
叶恵はぐるりと私の周りを回って、まあいいでしょうと納得してくれたようでした。そろそろ座っているだけというのに疲れてきていたので、一安心です。そう思っていると、叶恵が声を張り上げました。
「明日香! ちょっと来なさい!」
「はいはい。なになに?」
大道具を手伝っていた明日香がこちらへと走ってきました。何をするつもりなのかと少し警戒していると、叶恵が言います。
「こんな感じでどう?」
「おお! いいじゃんいいじゃん! さつき、かわいい!」
「あ、ありがと……。でもかわいかったらだめじゃ……」
「細かいことは気にしなくていいんだよ!」
「えー……」
間違っているのは私ですか。そうですか。いいですけど。
少し困惑している間に、叶恵がどこからか紙束を持ってきました。お化け屋敷のチラシです。叶恵がそれを、私に押しつけてきました。
「な、なに?」
「他のクラスに配ってきなさい」
「気が早くない?」
「どこもやってることよ」
叶恵がちらりと視線を向けた先、クラスの掲示板には他のクラスのチラシが貼られています。本番はまだ一週間後だというのに、どこも気が早いと思ってしまいます。
「配り終わったら、ついでに社に成功祈願でもしてきなさい」
「へ? 成功祈願?」
「そう。よろしく」
早く行け、と言いたそうに叶恵が背中を押してきます。明日香が行ってらっしゃい、と手を振ってきます。私は釈然としない気持ちになりながらも、大人しくその指示に従うことにしました。
それに、社に行ってもいい、とちゃんと言われましたし。せっかくなので、かんな様に見て貰いましょう。
少し急いで他のクラスにチラシを配り終えてから、かんな様の社に向かいました。社の前では、かんな様が手元に視線を落としています。今日は本を読んでいるのではなく、文化祭のチラシを見ているみたいです。心なしか、かんな様の顔が輝いているように見えます。
「かんな様」
私が声をかけると、かんな様が顔を上げて、そして一瞬だけ固まりました。
「…………。なにそれ」
「私のクラスはお化け屋敷なんです。私はお化け役です。幽霊、になるのかな……。どうですか?」
その場で一回転してかんな様に今の衣装を見せます。かんな様はまじまじと私の姿を見つめ、やがてぽつりと漏らしました。
「ん。いいと思う。かわいい」
「ありがとうございます!」
「まあ、どう見ても幽霊じゃなくて魔法使いっぽいけど」
「あはは。私もそう思います」
かんな様はしばらく座ったままで私の服装を眺めていましたが、やがて手を差し出してきました。かんな様の視線はいつの間にか私の持っているチラシに注がれています。私がチラシを差し出すと、かんな様はそれを読み始めました。自分のクラスのチラシを読まれるのは、ちょっと恥ずかしく思えてしまいます。
「ん。なかなかいい。私も行く」
「わ! ありがとうございます! あ、でも、かんな様お一人だとお化け役の人が気づけないですね」
「さつきが一緒に入ればいい」
「私もお化け役なんですけど……」
「ん……。そうだった」
どうしよう、とかんな様が悩み始めます。そんなに興味を持ってもらえるとは思っていなかったので、純粋に嬉しく思います。できれば、かんな様にも来てほしい。できれば、他の人と同じように楽しんでもらいたい。
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