幕間
むかしばなし
両腕と両足を縄で拘束された幼い娘は、社の前で必死に動こうとしていました。どうにかして拘束を解き、この場から逃げようと。情の深い母が幸い縄を緩めてくれていた、ということもなく、しっかりと縛られているので、どうやっても抜け出すことができません。
やがて、逃げられないと諦めた娘は、その場で涙を流しました。思い出すのは今までの村の日々です。優しい村の人や両親との生活です。ああ、とても良い日々でした。あれほど優しかったのに、どうして。
娘が嘆いていると、がさりと目の前の草木が揺れました。もしかして誰か助けに来てくれたのかもしれない、と娘が希望に瞳を輝かせてそちらを見ます。そこにいたのは、熊でした。
大きな熊でした。
熊はこちらへと近づいてきます。間違い無く、自分は獲物としてしか見られていないでしょう。
絶望。ただ、それだけでした。
そして、娘は熊に食べられてしまいました。
全身を襲う激痛。そんな表現すら生ぬるいものでしょう。生きたまま、腕を食いちぎられ、腹を食い破られ、ぐちゃりぐちゃりと食べられてしまいます。
娘の脳裏に思い浮かぶのは、村の光景でした。
娘を軽蔑の眼差しで見つめるいくつもの瞳でした。
両親の最後の声でした。
神様のためにその身を捧げなさい、と。
娘は獣に食べられながら、怨嗟の声を上げ、呪いました。許さない、殺してやる、全員殺してやると。世界の全てを呪いながら、娘は息絶えて。
そして気が付けば、目の前は真っ赤に染まっていました。
血の海に沈む幼い娘。体のあちこちがなくなってしまっています。熊に食べられてしまったのでしょう。それは間違い無く、先ほどまでの自分でした。
そして熊……。熊? 内側からはじけたように、熊の上半身はなくなっています。娘の血よりもはるかに多い、おびただしいほどの赤。娘を食べていた熊でしょう。何故か、死んでいました。
哀れには思いません。愉快ですらあります。娘は口の端を歪めました。
「あは」
そして、大きく嗤いました。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
狂ったような哄笑を上げ、その場でくるくる回ります。世界を呪いながら、暗い感情を振りまきます。やがて娘は動きを止め、歩き始めました。
「くひ」
村の方へと。軽い足取りで。嗤いながら。
「ひひひひひひひひひ。あははははははははは」
愉しげに。それはもう、愉しげに。
そうして、神のいなくなった土地に、悪霊が生まれました。
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