3-5

 おにぎりを食べ終えてまたしばらく歩き、私たちはようやく書店にたどり着きました。横に長い二階建ての建物で、二階ではゲームやDVDを取り扱っているはずです。

 書店の自動ドアを抜けて、かんな様が硬直しました。


「すごい……!」


 瞳を輝かせて、あちこちへと視線を投げています。今すぐにでも走りだしそうなその様子に、私はついつい笑ってしまいます。それに気づいたかんな様がまた動きを止めて、そっと視線を逸らしてきました。恥ずかしいのかもしれません。


「さつき。ちょっと一周、見てきてもいい?」

「はい。私はここで待ってますね」


 私が頷くと、かんな様は早速とばかりに本を見て回ります。手に取ることはできないので、タイトルを見ているだけのようです。じっくりと見ているようなので、タイトルだけとはいえ時間がかかりそうです。

 私はやることがなくなってしまったので、この場で待機です。この書店は一階の入口にいくつかテーブルといすがあって、買った本、もしくは読むことが許可されている本をここで読むことができます。私はその席の一つに座ってかんな様をのんびりと待つことにしました。


 それから三十分ほどでかんな様が戻ってきました。うきうきという言葉が似合うほどにかんな様は楽しそうです。もちろん無表情なので雰囲気が、ですが。


「読みたい本は決まりましたか?」


 私が小声で問いかけると、かんな様は頷きました。かんな様と一緒に店の奥へと向かいます。そうしてたどり着いたのは、ホラー系の小説がまとまっているコーナーでした。


「え」


 自分でも頬が引きつっているのが分かります。理由は単純、私はホラーが苦手です。私も昔から本をよく読んでいましたが、ホラーだけは避けていました。だって怖いものは本当に怖いですから。トラウマになっている本があって、それを読んで以来、ホラーには手を出していません。

 かんな様はそんな私にはきっと気が付いていないのでしょう。意気揚々といった様子で一冊の本を指差しました。幸い、というべきか、私のトラウマではありません。少しだけ安心しました。


「これですか?」


 本を手にとってかんな様に聞くと、かんな様が頷きました。カバーがついていないので、立ち読みが許可されている本のようです。私はそれを持って入口の方へと向かいます。先ほど座っていた席に座り、本を開きました。


「かんな様はこういった……えっと……ホラーが好きなんですか?」


 そう聞くと、かんな様は少し考えて言います。


「いや別に。好きも嫌いもあまりない。タイトルが気になっただけ」

「あ、そうですか……」


 ならせめてファンタジーとかが良かったです……。そう思っても、口には出せません。私はため息をつきたくなるのを堪えながら、本を読み始めました。後ろからはかんな様がのぞき見ています。かんな様が嬉しそうなので良しとしましょう。




 どれほどそうしていたでしょうか。苦手な本のはずなのに、時間を忘れて熟読していました。そして私を現実に引き戻したのは、友人の声でした。


「あれ? さつき?」


 その声が聞こえた瞬間、私は勢いよく顔を上げました。目の前に立っていたのは明日香です。何故ここにいるのか、と思っていると、明日香が目の前の席に座りました。


「ここで会ったのも何かの縁! で、何を読んでるの?」


 相変わらず元気だなあ、と内心で思いながら、私は返事をします。


「これ」


 表紙を見せると、明日香は怪訝そうに眉をひそめました。どうかしたのでしょうか?」


「ねえ、さつき」

「なに?」

「さつきって、ホラーは苦手って言ってなかったっけ? これ、どう見てもホラーのタイトルだよね?」

「あー……」


 確かに、この本のタイトルはすぐにホラーだと分かるものです。明日香は私の本の好みを知っているので、不思議に思ったのでしょう。ただ、この場所で言わないで欲しかったです。

 恐る恐る後ろを見てみると、かんな様がわずかに目を瞠っていました。その次に、ごめん、と小さく謝ってきます。苦手なものを読ませたことへの謝罪、というのは分かりますが、好きでしていることなので必要ないものです。面白かったですし。


 ただ、目の前に明日香がいるので返事をすることもできません。そのことにもどかしく思いながらも、小さく首を振ることで返事として、明日香へと視線を戻しました。

 明日香の表情が困惑になっています。私は気にしないで、と誤魔化しながら笑って、言います。


「ちょっとタイトルが気になったから読んでみただけ。面白いよ」

「へえ。珍しいね。明日は槍が降りそうだ」

「失礼な」


 そう言いながら、私と明日香は笑います。明日香との会話はとても気が楽になります。


「明日香はどうしたの?」

「いやあ、一緒に遊ぶ約束してた子がちょっと風邪らしくてね。暇になっちゃったんだよ」


 そこまで言ってから、明日香は手を叩きました。いいことを思いついた、とでも言いたそうな、嬉しそうな顔です。


「さつきとは遊ぶ約束できなかったよね! 今ここにいるってことは暇でしょ? ゲームでもしない?」

「え? いや、えっと……。私は……」


 かんな様と一緒に来ているのに、そのかんな様を放置して明日香の家に行くことはできません。かといってそれを説明するわけにもいかないので、どう言い訳をしようか悩んでしまいます。私が迷っていると、明日香は悲しげに眉を伏せました。


「だめ?」

「う……」


 とても断りにくい。いや本当に。どうしましょうか。

 不意に、かんな様が明日香の横に立ちました。そして私へと頷いてきます。これは、一緒に行ってもいいということでしょうか。私に気を遣ってくれたのかもしれません。そう思っていたのですが、かんな様の口がゆっくりと動きました。

 えっと……。げ、え、む、を、み、た、い……。ゲームを見たい。あ、はい。


「うん。じゃあ行こうかな?」

「おお! 言ってみるもんだね! それじゃあ、早速行く?」

「あ、ちょっと待って。この本とあといくつか買っていくから」

「了解! ここで待ってるね」


 明日香との会話を切り上げて、私はかんな様と店内へと入ります。隣を歩くかんな様に小声で言います。


「かんな様。この本以外に、読みたい本はありました? 五冊ぐらいなら買えますけど」

「ん……。いいの?」

「いいもなにも、かんな様のお金ですよ」

「じゃあ……」


 かんな様と一緒に店内をぐるっと回ります。読んでいたホラーが一冊、ファンタジーが二冊、ミステリーが一冊、そして難しい科学の本が一冊、でした。


「かんな様が読み終わったら私も読んでいいですか?」


 入口に戻りながらかんな様に聞くと、かんな様は頷いてくれました。

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