3-6

「ん。別に手元に置いておきたいわけじゃないから、あげるよ」

「いえ、そういうわけには……」

「一緒に来てくれたお礼。誘ってくれたお礼。そういうことで。それに、さつきがいらないなら図書館に入れることになると思う」

「う……。そ、それなら、その……。いただきます……」


 これ以上かんな様から何かをもらおうのは申し訳ないのですが、そこまで言われて断るのも失礼のような気がします。仕方なくお言葉に甘えることにしました。

 入口では明日香が待っていました。私を見て、笑顔を浮かべます。


「お待たせ、明日香」

「いやいや、待ってないよ。それじゃあ、行く?」

「うん。そうだね」


 明日香と一緒に書店を出て、歩いて行きます。明日香の家には行ったことがあるので道は分かります。書店から歩いて五分程度の場所です。大きな道に面しているわけではないですが、結構便利な場所です。ちょっと羨ましいです。

 歩いている間、かんな様は静かにしていましたが、その視線は明日香が持っているかばんに向かっています。そのかばんには、私とかんな様が探したキーホルダーがしっかりとついていました。どことなく、かんな様は嬉しそうです。

 明日香の家にたどり着くと、その家の前にはすでに先客がいました。


「あれ? 叶恵、今日は遊べないんじゃなかったの?」


 そこにいたのは、伊崎叶恵さん。腰まで届く長い髪が印象的な女の子です。明日香と同じクラスメイトで、いつも読書ばかりしています。ただ、私はあまり話したことはありません。その勇気がどうしても持てなくて……。

 叶恵さんはとても喧嘩が強いことで有名です。そしてちょっと冷たい人でもある、そうです。ちょっと不良のような人と仲良くしている、ということもなく、だからこそいつも一人で読書をしているのでしょう。悪い人ではないと思うのですけど、喧嘩が強いと聞いてしまうと、どう話しかけていいか分からなくなります。

 叶恵さんは私を一瞥すると、すぐに明日香へと視線を戻しました。


「用事が早く終わったから来たのよ。迷惑だったかしら」

「そんなことないよ! じゃあ一緒にゲームでもする? あ、今はさつきと一緒だけど、いいかな?」

「私よりも神谷さんに聞きなさい」


 明日香と叶恵さんの視線が私へと突き刺さります。正直に言いますと、それだけで怖いと思ってしまいます。私が戸惑っていると、かんな様が小さな声で言いました。


「あの子、よく社に来てる」


 叶恵さんが、社に? でも私は見たことがありません。


「授業中に来てる。あまり褒められたことじゃないけど、見られたくないんだろうね。悪い子じゃ、ないよ」


 正直、意外でした。あまり神様とか信じそうになさそうだったのですけど。ですが、かんな様がそう言うということは、きっといい人なのでしょう。なら私が拒絶する理由はありません。


「私もいいよ」


 私がそう言うと、明日香はあからさまにほっとしたようにため息をつきました。どうやら明日香なりに心配してくれていたようです。私は叶恵さんへと笑顔を向けました。


「えっと、こうして話をするのは初めて、だよね。神谷さつきです。よろしくお願いします」


 私が頭を下げると、叶恵さんは面白いほどに目を見開いていました。すごく驚いているのは分かるのですが、何をそんなに驚いているのでしょうか。私が困惑していると、それを察したのか叶恵さんは苦笑して肩をすくめました。


「ちょっと意外だったのよ。ずっと私のことを避けていたでしょう? 私も自分が怖がられているのは分かってたから、それでかなと思っていたのだけど……」

「あはは。まあ最初は怖かったですけど、社によく行くような人に悪い人はいませんから」


 叶恵さんが息を呑みました。頬を引きつらせる叶恵さんに、明日香が言います。


「え? 叶恵、社にお参りに行ってたの? 知らなかった」


 教えてくれたら良かったのに、と唇を尖らせる明日香と、ごめんごめんと手を振る叶恵さん。すぐに私は余計なことを言ってしまったと気づきました。ここは知らないふりをしておくべきでした。叶恵さんは私を訝しげに見ています。


「その、たまたま、見かけて……」

「言い訳、下手だね」


 かんな様のため息交じりの声。ほっといてください。


「ふうん……。まあ、そういうことにしておくわ」


 納得はしていなさそうでしたが、追求をするつもりはないようでした。私がこっそり胸を撫で下ろしていると、叶恵さんが咳払いをしました。


「知っているとは思うけど、私も自己紹介しておくわ。伊崎叶恵よ。呼びやすいように呼んでくれて構わないわ。呼び捨てでもいいわよ」

「あ、じゃあ私も叶恵って呼んでいい?」

「もちろん。私もさつきって呼ばせてもらうわね」


 叶恵が嬉しそうに笑います。やっぱりとてもいい人のようです。先入観で避けてしまっていたことを反省しないといけません。


「うんうん。新たな友情だね! それはいいけど、そろそろ入らない?」

「ああ、そうね……。こんな道のど真ん中で話をしなくてもいいわね」


 明日香が家に入っていき、叶恵がそれに続きます。


「行きましょうか、かんな様」


 私が声をかけると、かんな様が小さく頷きました。




 明日香の部屋には何度か入ったことはありますが、いつもしっかりと整理整頓がされています。部屋にあるのは勉強机とベッド、本棚、そして小さな棚とその上のテレビ。棚にはゲームが並べられて、ジャンルごとに分けられています。

 ベッドの上には可愛らしくデフォルメされた熊のぬいぐるみがいくつかあります。私はいつもこの部屋に来ると、明日香の許可を取ってそのうちの一つを抱かせてもらっています。


「はい、さつき」


 いつの間にか私が何も言わずともぬいぐるみを差し出してくれるようになりました。これはこれで、少し恥ずかしいです。特に今は叶恵がいます。


「ありがとう……」


 顔が赤くなるのを感じながらも、ぬいぐるみを受け取ります。ああ、かわいい……。ふわふわです。


「へえ……。さつきはぬいぐるみが好きなのね」


 叶恵の興味深そうな声。あまり触れないでほしいのですが。


「そうなんだよ。特にあのぬいぐるみが大のお気に入りらしくて。譲ろうかって何度も聞いてるのに、さすがにそこまではいいって遠慮してさ。さつきなら大事にしてくれそうだから、私としては問題ないんだけどね」


 明日香に問題はなくても、一方的にもらうだけになるのはやっぱり気になります。私が何も言えずに顔を背けていると、明日香と叶恵が小さく笑いました。


「さつきと知り合えて良かったわ。かわいいから」

「でしょ? さつきいじりは私の趣味です!」

「それはやめてあげなさい」


 明日香と叶恵が楽しげに笑っています。何でしょうか、この居心地の悪さ。帰っていいですか?

 ちなみに今、かんな様は明日香の部屋を興味深そうに見て回っています。特にテレビの周辺のゲ

ーム関係が気になるようです。

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