第八話 巫女と神無
8-1
龍。漫画やゲームなどで見ることができる、伝説上の存在。蛇のような姿に手足や角があり、手には宝玉を持っている。その伝説が、目の前にいます。目の前にいて、私とかんな様をじっと見つめています。
先ほど、かんな様はこの龍のことを神様と呼びました。別の土地の神様ということでしょうか。ただ、何故かかんな様の瞳には警戒の色があるような気がします。
もう一度龍へと目を向けると、その龍と目が合いました。
「ふむ……。君からは神無の力を感じるね」
「あの……。あなたは誰ですか? 神様みたいですけど、別の土地の神様ですか?」
そう私が聞くと、その龍は目を細めました。何となく、おもしろがっているように見えます。龍はかんな様へと視線を向けて、
「神力を分け与えているみたいだけど、何も話してないのかい?」
「…………」
かんな様は何も言わず、けれど視線を逸らしました。何か、私に隠し事があるのでしょうか。もちろんかんな様は神様なので、人間である私に言えないことがあっても不思議ではありませんが。
「簡単に言うとだね」
龍がまた私に視線を戻します。そうして、言いました。
「そこにいる神無は、僕の眷属なんだよ」
「はい……?」
「つまりはこの土地の神は僕であり、神無はその僕の部下みたいなものだということだね。実を言うと、神無は元々は悪霊だよ。当時、この土地に住んでいた人々を皆殺しにした、力の強い悪霊だった」
悪霊……? かんな様が? そんなわけが……。
まさかと思いつつもかんな様を見ると、かんな様は私と目を合わせてくれませんでした。けれど、一度だけ頷きました。つまりは龍が言っていることが本当ということなのでしょうか。私がずっとかんな様を見ていると、かんな様が小さくため息をつきました。
「本当。私は元々は悪霊だった。この神様に眷属として迎え入れられて、この土地を留守にする間に代わりに見守るように言われた」
「いつの間にか見守る範疇を超えていたみたいだけどね」
楽しげに笑う龍に、かんな様はばつが悪そうにそっぽを向きます。私としては、かんな様が悪霊だったなんて信じられないです。こんなに優しい神様が、かつて大勢を殺した悪霊だったなんて。
「さつき」
かんな様はじっと私を見つめてきました。
「隠すつもりはなかった。ただ、ちょっと、言えなかった。ごめん」
「あ、いえ……。大丈夫です。ただ、どうしてもちょっと信じられなくて……」
「ん……。じゃあ、見せる」
「へ?」
言うが早いが、かんな様の右手が私の額に触れると同時に、何かが頭に直接流れ込んできました。
かんな様の記憶。村の人たちに生け贄に捧げられて。悪霊となってその村人を全員殺して。そして神様と出会って、眷属にされて。そんな記憶が、流れ込んできました。
「っ……」
同時に、頭に激痛が走ります。割れるような痛みに私が顔をしかめると、かんな様が手を離しました。心配そうな目で見つめてきます。
「やりすぎた? 大丈夫?」
「大丈夫です……」
実際はあまり大丈夫じゃないです。吐き気がすごいことになっています。今すぐ吐いてしまいたいほどに辛いです。ですがかんな様を心配させてしまうので、ここは我慢です。
「ん……。我慢、良くない」
かんな様がそうつぶやいて、もう一度私の額に手を触れました。すっと痛みがなくなっていきます。あ、なんだか爽快感が……。
「ありがとうございます……。楽になりました」
「気にしないで。納得は、できた?」
「はい……」
直接記憶を見た今でも、かんな様が悪霊だったなんて信じられない思いです。何と声をかけていいのか、分からなくなります。かんな様はそんな私に、寂しげな笑顔を向けました。
「黙ってて、ごめんね」
「……っ!」
そんな辛そうな笑顔を見ると、心が苦しくなってしまいます。私が口を開く前に、龍が言いました。
「そろそろ本題に入っていいかい?」
「あ……」
そうでした。この神様が戻ってきたということは、かんな様のお役目も終わりということです。それは、つまり……。
「神無」
神様が、かんな様を呼びます。かんな様は神様を見据えて、頷きました。
「ん……。社は、返す。この後は私はどうすればいい?」
ああ、やっぱり……。この社には目の前の神様が戻ることになるようです。それはとても、寂しいです。けれど、私が何かを言う資格はありません。
「この後かい? 分かっているだろう?」
神様が不思議そうに首を傾げます。
「君の汚れも随分と薄まった。もう輪廻の輪に行っても大丈夫だよ。成仏するといい」
成仏。それはつまり……。
「ん。わか……」
「だめです!」
気づけば、私は叫んでいました。かんな様が驚いたようにこちらを振り返り、神様はこちらを見つめてきます。私はかんな様に言います。
「成仏って、消えるってことですよね?」
「ん。そうなる」
「絶対にだめです! 私たちにはまだかんな様が必要です!」
「ん……? 今の私の仕事なら、神様が引き継いでくれる、はず」
かんな様が神様を見ると、どこか嫌そうに顔をしかめましたが、ため息交じりに頷きました。
「まあ、長年続けてきたことを唐突にやめるようなことはできないね。少しずつ手は引いていくことになるけど、まあ継続するよ」
「ん。ほら、大丈夫……」
「いやです」
そういうことじゃないです。子供への加護なんて、他の土地ではないものなんですから、消えたって仕方ないものです。
「かんな様が消えてしまうのが、いやなんです」
私がそう言うと、かんな様の目が少し不機嫌そうに細められて、そして次の瞬間、
「我が儘言うな」
今まで感じたことのない、重さすら感じる重圧が私を襲いました。気づけば、かんな様は無表情ではなくなり、口角を気持ち悪いほどに持ち上げた笑顔になっています。
「ひっ……」
怖い。今にも殺されるかもしれない。体が勝手に震えてきて、気づけば尻餅をついていました。かんな様が目の前に立ちます。かんな様が、手をこちらに伸ばしてきます。
殺される。
そんな考えが脳裏によぎり、ふと、内心で首を傾げます。
殺す? 誰が? かんな様が? いやいや。
あり得ないでしょう。
唐突に、頭の中がすっきりしました。なんだか妙に冷静になってきました。かんな様は今も怖い笑顔を浮かべていますが、なんとなくそれは、泣けない子供が無理に笑っているような顔に見えました。
怖いのは、変わりません。それでも私は、かんな様が子供たちを守ってきたことを知っています。
私が伸ばされてきたかんな様の手を取ると、かんな様は大きく目を見開きました。
「さつき。はなせ」
「やです」
「…………。汗びっしょり。怖いなら、はなして」
「怖いですけど、いやです。だって、怖いだけですから」
たった一年。されど一年。私はずっと、かんな様の側で、かんな様を見てきました。最初は無表情で何を考えているのか分からないこともありましたけど、今ではかんな様の、色々なことに感動したり、ちょっと怒ったりといった感情の揺らぎが分かるようになっています。私たちを、とても大切に想って、見守ってくれていることも。
「かんな様が私を殺すなんて、あり得ないですから」
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