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そんな雑談をしている間に、私たちの番になりました。一パック百円の激安価格です。かんな様の分は私が支払いました。
模擬店から少し離れたところで、パックを開けます。湯気が立つのと同時に、ソースの良い香りが鼻をくすぐってきます。これだけでとても美味しそうです。
では早速一口……。うん。とても美味しいです。さすが二年生、レベルが違います。
「去年を経験済み、というよりも指導している人の腕がいい。一年生にも美味しいお店はあるし」
例えばあそこ、とかんな様が指差した模擬店ではたこ焼きを作っていました。かんな様が続けます。
「中はとろとろ、外はかりかり。ソースも二種類あって、両方とも美味しい。お勧めだからあとで買ってみるといい。あそこも百円」
「分かりました!」
「神様の舌を唸らせる料理が百円って、今思うとすごいわね……」
「確かに……!」
ただそれを言ってしまえば、かんな様は私のおにぎりも美味しそうに食べてくれます。さすがにこの焼きそばに勝っている自信はないので、きっとかんな様の好みに合っているだけでしょう。
「もうあまり時間もないし、次に行くよ」
言われて、スマホを取り出して時間を確認してみると、あと十分ほどしか時間がありません。ちょっとゆっくりし過ぎました。
「かんな様はやりたいことはないんですか?」
料理もいいですが、これらはかんな様は食べた後みたいです。それなら、かんな様がやりたいことをしましょう。聞いてみると、かんな様は少し考えて、校舎の方へと視線を投げました。
「射的」
「射的……。あ、二年生の!」
言われて思い出しました。私たちの教室の一つ上、二階にある二年生の教室では射的をやっていたはずです。どこかから色々と借りてきて、景品もしっかり用意したのだとか。自分のことで精一杯ですっかり忘れていました。
「じゃあ急いだ方がいいでしょう。実際に遊ぶ時間も考えると、ぎりぎりじゃない?」
叶恵の言葉に頷いて、私たちは小走りで校舎へと向かいました。
二階の教室は小さな子供も含め、賑わっていました。皆が笑顔で、手に色々な景品も持っています。多くは小さな人形やプラモデルといったものです。
「ん……」
かんな様は小学生ぐらいの女の子が持っているぬいぐるみを見ていました。掌にのせられる程度の大きさの、熊のぬいぐるみです。あれが欲しいのでしょうか。
「さつき。射的は得意?」
叶恵もかんな様の様子を見ていたのか、私にそう聞いてきます。私は小さく首を振りました。
「やったことがないから……」
「そう……。私も正直、微妙なところね……」
二人で同じものを見ます。熊のぬいぐるみを見ているかんな様を。私は叶恵と視線を合わせ、二人で頷きました。
「やるよ」
「ええ」
未経験と苦手な二人でも、二回チャンスがあります。きっと大丈夫です!
そう思っていたのですが。
「惨敗……」
私は四階へと続く階段の踊り場で項垂れていました。隣ではかんな様が無表情ながらも少し呆れたような目を向けてきています。心が痛いです。
「何を狙っていたのか知らないけど、そんなに落ち込むこと?」
「あはは……」
かんな様のために熊のぬいぐるみを取ろうとしてた、なんて口が裂けても言えません。恥ずかしいです。
ちなみに叶恵は二人とも失敗した後、ちょっと離れる、とどこかに行ってしまいました。
あとかんな様も射的は失敗したみたいですが、この遊びそのものが楽しかったみたいで、機嫌が良いのが何となく分かります。それだけが救いでしょうか。
そろそろ時間かな、というかんな様の声にスマホを確認すると、残り一分という時間でした。もう少し時間があれば、と思わなくもないですが、こればかりは仕方がありません。結局叶恵は戻ってこなかった、と思っていると、誰かが駆け上がってくる音が聞こえてきました。
息を切らせた叶恵が姿を見せました。その手には、例の小さな熊のぬいぐるみ。
「交渉して、先輩から買い取ってきた……!」
まさかそんなことをしているとは思っていなくて、私は思わず目を丸くしてしまいます。叶恵はかんな様に目を向けると、そのぬいぐるみを差し出しました。
「これ、私と、さつきから、です……」
「ん? 私に?」
「はい!」
かんな様はそれを受け取ると、少し考えるように顔を伏せ、ああ、と納得したような声を上げました。
「二人して何を狙っているのかと思えば、これだったんだ……。気にしなくていいのに」
その声音にはどことなく苦笑のようなものを感じました。ですが、すぐにかんな様は私と叶恵を見て、
「ありがとう。大事にする」
そう言いました。
「……というのを叶恵に伝えて」
「はい?」
「もう時間。受け取った直後に私の姿は見えなくなってる」
「え」
まさか、と振り返れば、叶恵は周囲をきょろきょろと見回しながら、どこか残念そうにしています。どうやら本当にもうかんな様の姿は見えていないようです。全く気が付きませんでした。
「叶恵、かんな様がありがとうって」
「え、あ? まだいるの?」
「うん」
叶恵は目を瞠り、すぐに嬉しそうに破顔しました。あまり笑わないクールな子、というイメージがあるので、その笑顔はとても新鮮です。
「そう。それなら良かったわ。少しは恩返しができたかしら」
できていればいいんだけど、と叶恵は楽しそうに笑います。ですがその笑顔には、寂しさもありました。きっと、もうかんな様と会話することはできないと分かっているのでしょう。私が間に立つことはできますが、やっぱり直接言葉を交わすのは違うものです。
「じゃあさつき。私はそろそろ戻るわ」
「そう? じゃあまた後でね」
手を振って、叶恵とはそこで別れました。ここからはかんな様と二人での行動になります。そのかんな様は、もらったぬいぐるみを手で弄びながら、小さく首を傾げていました。
「どうして熊のぬいぐるみ?」
「え? その……。かんな様がそれを見ていたので、欲しいのかなって……」
「ん……?」
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