5-4
「それじゃあ、そろそろ行きますか? かんな様」
「ん。ここに来るまでに一通り食べてきたから、美味しいお店を教えてあげる」
「はい! ……あれ? 私が案内しようと思ってたのに……」
首を傾げるさつきを見ていると、少し微笑ましく思えてくる。そのさつきの手を取って、私は元来た道を戻り始める。時間は有限。早くしないと。
「叶恵。来ないの?」
何故かその場から動こうとしない叶恵に声を掛けると、叶恵は驚いたように体を大きく震わせた。その反応は失礼ではなかろうか。少し傷つくよ。私でも。
「ご一緒してもいいんですか?」
「ん。いいよね、さつき」
「かんな様がいいのなら」
私はそれに頷いて、叶恵に言った。
「行くよ」
「はい!」
今度こそ校庭に向かう。せっかく姿を見せているのだから、もう少し楽しませてもらおう。
・・・・・
かんな様に先導されて、私と叶恵は校庭を歩きます。あちこちから美味しそうな匂いがして、お腹が減ってきます。一応、お昼に焼きそばを食べたのですが。
私の気のせいでなければ、かんな様の足取りはとても軽く見えます。かんな様も毎年この文化祭は楽しみにしているみたいですし、今年も楽しんでくれていればいいのですが。私がそんなかんな様の様子を見守っていると、隣を歩く叶恵が小さな声で言いました。
「かんな様って子供の姿だったのね」
「そうだよ。知らなかったの?」
「ええ。てっきり獅子とか龍とか、そんな姿だと思っていたわ」
私もその気持ちは分からなくはありません。私はもうかんな様のお姿に慣れていますが、まさか神様の姿が子供の姿だなどと想像できないでしょう。だからこそ、かんな様はこうして堂々と歩いていられるのでしょうが。
「それにしても、まさか叶恵にばれているなんて思わなかったよ。誰にも言ってないよね?」
もちろんこれは私が巫女であることの話です。叶恵は頷きながらも何故か苦笑しています。何か変なことでも言ったのでしょうか。
「もちろん言ってないし、言うつもりはないわよ。けれど、今更よ」
「どういうこと?」
「明日香も含めて、確証はなくても巫女であることを疑っている人は多いわよ。多分半分以上は思っているはずよ」
「へ? どうして!?」
そんなはずがないと言い切りたいのですが、何故か叶恵の言葉には妙な説得力があります。それでも何か反論を、と思っている間に、叶恵が言いました。
「さつき。ちょっと小学校の時の生活を思い出してみなさい」
「うん……」
「で、今の生活と比べてみなさい」
「…………。あー……」
ようやく、叶恵が何を言いたいのか理解しました。
「小学校の頃は早すぎず遅すぎずと八時前後に登校していた子が、中学生になったらいきなり常に一番乗りをするようになっている。しかも一日だけじゃなくて、毎日。さらには平日の放課後は誰とも遊ばない。足が治ってからは、毎日のように誰かと遊んでいたのに」
「うん……。明らかにおかしいね……」
「そうでしょう」
どうやら私は最初から失敗していたようです。何をやっているのかと気落ちしてしまいます。叶恵はそんな私を一瞥すると、小さく笑って言いました。
「さつきから何も言われない間はみんなもそっとしておくことにしているらしいから。あまり気にしなくていいわよ。普段通りにしなさい」
「うん……。そうするよ……」
穴があったら入りたい気持ちというのはこういう時のことを言うのでしょう。私は恥ずかしくて顔が真っ赤になっているのを自覚しながらも、結局何もできませんでした。
「焼きそばはここが美味しかった」
かんな様がそう教えてくれたのは、二年生の模擬店が並ぶ一角の隅でした。先輩の模擬店です。少しだけ緊張してしまいます。
「ん? どうかした?」
私の表情が少し硬くなっていることに気づいたのか、かんな様が振り返って聞いてきます。私は首を振って答えます。
「大丈夫です。先輩のお店なのでちょっと緊張しているだけです」
「ふうん……。たった一年の違いなんだから気にしなくてもいいと思うけど。私から見れば同じ子供だし」
「かんな様はそうでしょうね……」
かんな様から見れば、私と先輩の差どころか、私とお父さんの差でも等しく子供とか言われそうです。ただかんな様が言いたいことも分かります。その程度で緊張するなということでしょう。
「さつき。早く行くわよ」
こういう時は叶恵の物怖じしない性格はとても羨ましく思います。私は意を決して、列の最後尾に並びました。
「あれ? あのテーブルって何ですか? 焼きそばを一つだけ置いてますけど」
不意に目に入ったものがすこし気になりました。隅にぽつんとテーブルが置かれ、できたての焼きそばが置かれています。定期的に交換して販売しているようですが、何のためにあそこに置いてあるのでしょうか。
「あれは私用」
かんな様の短い返答に私は首を傾げてしまいます。私が困惑していると、叶恵が補足してくれます。
「かんな様がいつでも食べられるように、飲食店はあそこのテーブルに料理を一つだけ置いておくのよ。明確なルールとして決まっているわけではない暗黙の了解みたいだけど、どこの料理の店も守っているわね」
ほら、と叶恵に促されて周囲の店を見てみれば、なるほど確かにどこの店もテーブルが置かれていて、一つずつ料理が並べられています。そして誰も、そちらには目を向けません。文化祭にそんなルールがあるとは知りませんでした。かんな様はどうやって私と会う前に料理を食べたのだろうと思っていましたが、こういうことだったんですね。
「さつき、私でも知っていることなんだから、巫女のあなたが知らなくてどうするのよ」
「うぐ……」
痛い! 痛いところを突かれました! ですが正論なので反論できません。
「まあさつきは今までの巫女からの引き継ぎがほとんどなかったからね。一度だけ以前の巫女と会っているけど、これも基本的な引き継ぎで終わってる」
「ああ……。今の二年生と三年生に巫女がいないとは聞きましたけど、本当なんですね」
「ん。だからさつきを責めないで」
「あ、いや。責めてるわけではないです。……ごめんなさい、さつき」
「へ!? あ、いやいや! 気にしてないよ!」
ここで謝られるとは思っていなかったのでむしろ私が慌ててしまいます。かんな様も、気にしすぎだと思うんですけど。私を庇ってくれたのはとても嬉しいですが。
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