5-6

 かんな様は分かっていないようで首を傾げます。ということは、違う何かを見ていたのでしょうか。欲しいものとは違った、ということでしょうか。私が不安を覚えていると、考え続けていたらしいかんな様が小さく手を叩きました。


「ああ、射的の前かな。確かに子供が持ってるのを見てた」

「ですよね! 良かった……」

「まあ、別の理由だけど」


 別の理由? 欲しかったから、と思ったのですが、違ったのでしょうか。かんな様は少しだけ遠い目をしながら、口を開きました。


「さつきにはまだ話してないはずだけど、私は元は人間だった」

「……はい?」

「人間だった」

「はあ!?」


 それは初耳です。てっきり、かんな様はずっと神様だと思っていました。だからかんな様は人間の姿なのか、と少し納得もしましたが。


「私が人だった時の死に方だけど」

「え、あ、はい……」


 どうしよう、聞きたいような、聞きたくないような……。


「熊に生きたまま食べられた」

「…………」


 聞くんじゃなかった! 何ですか生きたままって! というよりそれが本当なら、熊のぬいぐるみはどう考えてもかんな様の心の傷をえぐる行為にしかなっていません! 大失敗です!


「じゃあ熊のぬいぐるみを見ていたのは……」

「ん。ちょっと当時のことを思い出してた」


 ということはさっきのプレゼントはどう考えても嫌がらせにしかなりません。私も叶恵も全くそんなつもりはなかったのに。私の顔が蒼白になっていたからか、かんな様は少し驚いたようにほんの少しだけ目を見開き、そして次に肩をすくめました。


「それとこれとは別だから。もらったものは大事にするよ」


 そう言いながらかんな様は熊のぬいぐるみを撫でます。どうやらそれほど悪い気はしていないようで、その点だけは安心しました。あとで、叶恵には説明しておきましょう。


「それじゃあ、私はもう少し食べ歩きをしてから戻るから。今日の放課後は別に来なくてもいいから、ちゃんと片付けまでしてきなさい」

「はい。分かりました」


 何か理由を考えて抜け出そうと思っていたのですが、先に釘を刺されてしまいました。ちゃんと片付けをしてから行くことにします。

 挨拶もそこそこに帰っていくかんな様を見送ってから、私は教室に戻りました。さて、片付けを頑張りましょう。




 と、思っていたのですが。


「…………」

「あ、あはは……」


 私は結局社の前にいます。かんな様の突き刺さるような視線が痛いです。私は悪くないと主張したいです。


「説明」

「はい!」


 かんな様の短い言葉から少し怒りを感じます。私は姿勢を正して、ここに来るまでのことを話しました。

 ただ、とても簡単な話です。一言で言ってしまえば、追い出されただけなので。

 あの後、私は教室に戻って残りの時間の幽霊役をしました。終わってから、さあ片付けをしよう、という段階になって。


「さつき、貴方放課後は大事な仕事があるでしょう。何をしれっと片付けに参加しようとしているのよ」

「へ?」

「ああ、さつき! ここは私たちがやっておくから! ほらほら、行った行った!」

「はい?」

「さつき! おつかれー!」

「またなー!」

「……あれ?」


 と、まあこんな流れで私は教室を追い出されました。叶恵と明日香が中心になって追い出してきたような気がします。叶恵が言っていた大事な仕事なんて私にはなく、かんな様のことを言っているとしか考えられませんでした。


「で、ここにいると」

「そういうことです」

「ん……。まあ、そういう理由ならいいか」


 少し呆れたようにそんな言葉を零しましたが、かんな様はご自身が座っている隣を叩きます。座れ、ということでしょうか。私はお礼を言いながらそこに座りました。


「かんな様。今日はどうでした?」


 ずっと気になっていたこと、今日の感想を聞きます。かんな様は少し考えるように空を仰ぎ、やがてこちらへと視線を戻して言います。


「まあ、楽しかった。うん。久しぶりに楽しかった」

「そうですか! なら良かったです!」


 かんな様に楽しんでいただけたのなら、私からはもう何も言うことはありません。少しこの余韻に浸らせてください。

 ですが。


「さつきの幽霊はかわいかったし」


 それを聞いた瞬間、私は自分の顔が赤くなるのに気が付きました。どう答えていいのか分かりません。かんな様は固まっている私を見て、薄く、うっすらと、笑いました。


「着替えてきたのは、残念。もう一度見たかったのに……」

「いやあ、それは……。あはは……」


 片付け前にさっさと着替えてしまったのですが、失敗だったようです。かんな様がこんなに喜んでくれるのなら、もう少し着ておけば良かった。ちょっと反省しながら落ち込んでいると、かんな様が肩をすくめて言います。


「気にしなくていいよ。もう十分見たしね。まったく怖くなかったけど」

「うぐ……」


 私自身、怖くはないと思っていますけど、それをはっきり言われてしまうとやっぱりちょっと落ち込んでしまいます。でも、次に活かせばいいと思うことにしました。あまり引きずるのは良くないでしょう。


「それじゃあ、中途半端に終わっていた掃除をしましょうか」

「いや、今日ぐらい休んでも……」

「何言ってるんですか! 一日さぼるとくせになっちゃいます! こつこつと毎日続けるのが大事なんです!」

「ん……。まあ、そうだけど。さつきとのんびりお話したいと思ってたのに……」

「まあ掃除は明日でもいいですねお話ししましょう!」

「扱いやすい」

「ほっといてください」


 唇を尖らせると、かんな様は微かに笑顔を浮かべてくれました。普段がいつも無表情なので、ちょっとした変化がすごく新鮮に思えます。


「どうせだから、文化祭の準備とか、その辺りのことでも聞かせて」

「はい。それじゃあ、そうですね……」


 記憶を探りながら、私はかんな様へと話を始めます。話の間、かんな様はずっとその薄い笑顔を浮かべていて、私はちょっとだけそれに心を奪われてしまっていました。

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