幕間

むかしばなし

 村長は村の今後を憂いていました。娘という若い女を生け贄に出しましたが、神様がそれで納得してくれるかどうかは分かりません。納得してくれなければ、また別の生け贄を出すしかないでしょう。神様の信頼を裏切ったのですから、自分たちが身を犠牲にして許しを請わねばなりません。


 ああ、けれど。幸いなことに。村長がそれを考える必要はなかったのです。


 なにやら家の外が騒がしくなっていることに村長は気づきました。何事かと思いながら村長は家の外へと出ます。そして。


「あは」


 それを、見ました。

 全身が真っ赤に染まった娘の姿。あまりに異質な存在。ですがそれは、間違い無く生け贄に捧げた娘でした。その娘は、村長の家のすぐ前にいました。右手に、生首を持って。


「おま、え……」


 村長は言葉を出そうとしましたが、うまく出てきません。娘の右手を見ます。泣き叫んだ表情のまま息絶えている、村長の孫娘でした。


「きさま……。あ?」


 村長は激昂しかけましたが、すぐに我に返りました。お腹に違和感がありました。不思議に思いながら見てみます。いつの間にか、娘の左手が突き込まれていました。


「くひ」


 娘が村長の腹の中をぐちゃぐちゃにしていきます。村長はしばらく痙攣していましたが、やがて血を吐き出し、動かなくなりました。村長は、あっという間に息絶えてしまいました。




「ひひ」


 娘は村長の体から手を抜くと、村長を蹴倒しました。そのぽっかりあいたお腹に、今まで持っていたものを突き入れます。村長の、孫娘の頭を。


「あはははは」


 ああ、愉しい。愉快です。

 そう言えばこの子とも遊んだっけなあ、とそんなことをぼんやりと思いながら、しかし娘は気にしません。おもちゃに特別な思い入れなんてないのです。

 そう、この村は娘の遊び場です。娘にひどいことをしたおもちゃは壊さないといけません。

 だから、壊してしまうのです。

 ああ、愉快。


「あはははははは!」


 狂ったような哄笑を上げて、娘は次のおもちゃへと向かいます。それを見ている大人たちは必死に逃げようとしているようですが、無駄です。

 全部壊すのです。逃がすわけがないでしょう。

 逃げようとするおもちゃたちの足を引きちぎり、一先ず放置です。うめき声とかが聞こえてきますが、それすら心地良い音色です。なんとおもちゃは楽器でした。


「んふ」


 その声に機嫌良く嗤いながら、娘はおもちゃを壊し続けます。順番に、漏らすことなく。逃げることができないと悟ったおもちゃたちが自分たちも遊ぼうとこちらへと駆け寄ってきたので、それもどんどん壊しました。

 やがて一通り壊し終わり、放置していた楽器も壊して、娘は最後のおもちゃの元へと向かいました。見慣れた自分のおうちです。扉を開けると、

 両親はすでに事切れていました。


「あは?」


 当然ながら娘はまだ何もしていません。不思議に思って首を傾げながら、娘は両親を観察します。喉を何かで突き刺されていたのか、ぽっかり穴があいて血が溢れていました。両親の側には石で作られた槍のようなものがあります。

 どうやらすでに誰かに殺されていたようです。


「…………」


 娘は笑顔を引っ込めて、両親の死体を見つめ続け、


「…………。あは……」


 力無く。笑いました。




 おうちを出た娘は、改めて村中を見て回ります。おもちゃが残っていないかの確認もそうですが、自分の行いの結果を見るためでもありました。

 とても濃い血の臭いの中、娘は歩きます。


「あはは。いひひ」


 嗤いながら。嗤いながら。地獄絵図の中を歩きます。そうしてある死体の前まで来ました。

 娘とよく遊んでくれた、おもちゃの前。幼馴染みのおもちゃ……。男の子。


「あは、は……」


 娘の顔から表情が抜け落ちていきます。壊れた笑顔がなくなって、何も映さない無表情。そして。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 人間に絶望し、世界を恨み、そうして滅びを振りまいた悪霊の慟哭は、誰もいなくなった村の中でずっとずっと響き続けました。

 おしまい。






「これはまた、派手にやったものだね」

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