第六話 巫女、合宿に行く

6-1

「神谷さん!」


 とても寒くなってきたある日のお昼休憩。クラスメイトが三人、私に声をかけてきました。お弁当を広げようと思っていた私はその手を止めて、その三人へと顔を向けます。


「かんな様ってどんなお姿なの?」

「へ!?」


 不意打ちの問いかけに変な声が出ちゃいました。いや、本当にやめてくれませんか。


「し、知らないよ?」

「うん。あのね、神谷さん。気づかれてないと思ってる?」

「うぐう……」


 叶恵にも指摘されましたが、やっぱり気づく人は気づくみたいです。いやむしろ、気づいていない人の方が少ないかもしれません。周囲に目を向けると、驚いたような人はいなくて、けれど興味はあるようでこちらを見ているのが分かります。

 ふと、明日香と叶恵と目が合いました。二人揃って苦笑して、肩をすくめています。どうやらもう隠すことはできなさそうです。私は諦めてため息をつきました。


「かんな様には隠しておくように言われていたんだけど……」

「あ、それで内緒にしていたのね。悪いことしちゃった?」

「いいよ、もう……」


 思わず苦笑を漏らしながら、考えます。かんな様のお姿。これは教えてもいいものでしょうか。

 ふと叶恵を思い出します。かんな様は特に気にせず自分のことを話していました。そう考えると、問題はないのでしょう。


「えっと、簡単に説明しちゃうけど……」

「うんうん」


 うわ、なんだかみんなの目が輝いています。私の方が恥ずかしくなってきます……。


「子供の姿をしてる、かな。私たちよりも少し小さくて、あとはピンク色、というか桜色というか……。そんな色の着物を着てる。特に何もない時はいつも社の前にいる、かな」

「へえ……!」


 わいわいと、かんな様の話で盛り上がっています。私としては神様の話で盛り上がってくれるのは嬉しいのですけど、ちょっと話しすぎたような気がしてきました。あとで怒られないかな……。


「かんな様はずっと社にいるの?」

「うん。特別なことがない限りはずっと、かな」

「じゃあ、難しいかな……?」

「ん?」


 どうやら何か考えているようです。私が首を傾げると、その子が話してくれます。


「もうすぐスキー合宿があるでしょ?」

「ああ、うん。……あったね」


 この学校にはスキー合宿というものがあります。毎年の冬に学年ごとに一泊二日でスキーを学びに行くそうです。隣の県の山までで、合宿となっていますが学校ぐるみの旅行に近いものだとか。すでにスキーができる人は好きに滑るそうですし。

 一泊だけとはいえかんな様に会えないのは寂しいな、と思っていると、クラスメイトが続けます。


「それでさ。かんな様も一緒にどうかなって」

「はい?」


 今、なんだかあり得ない言葉を聞いたような。かんな様と一緒に? それができれば、私としてもすごく嬉しいですけど、さすがに難しいでしょう。

 あれ? でも一緒にお出かけできるぐらいなら、もしかして……。あ、でも合宿は県外だし、やっぱりだめかな?


「無理だとは思うけど、まあ聞くだけ聞いてみようか?」

「あはは。まああたしたちも無理だとは思ってるけど、聞いてみてよ」


 そう言い終えると、その子たちは自分の席へと戻っていきました。

 合宿。合宿かあ……。




「と、いうわけなんですけど、どうですか?」


 放課後、早速その話をかんな様にしてみたのですが、かんな様の返答は、


「無理」


 という見事な即答でした。


「ですよね……」

「ん。私はここの土地のかみさまだから、この町から出ることは望ましくない」

「あれ? 望ましくない、ということは、出ることはできるんですか?」


 てっきり出ることそのものができないと思っていました。少し意外に思いながら聞いてみると、かんな様は頷いて答えてくれます。


「ん。できる。ここにいた前の神様もどこかに行ってるぐらいだし」

「へ? 前の神様?」

「…………。忘れて」


 何故かかんな様の表情に少し陰りが見えました。かんな様の前にも神様がいたというのは初めて聞きましたが、かんな様にとってはあまり思い出したくない神様のようです。それとも、また別の理由からでしょうか。


「まあとにかく、私はこの町を離れるつもりはない。だから、無理」

「了解です。残念ですけど、仕方ないですね」

「ん。スキー、楽しんできなさい」

「私としてはかんな様と一緒にいる方が楽しいんですけど」


 本音を言えば、いっそのこと休んでここにいたいです。私がそう告げると、かんな様は少しだけ驚いたように顔を上げて、目を瞬かせていました。


「さつき」

「はい?」

「物好き」

「え」


 まさかの物好き発現です。ご自身のことなのに酷くないでしょうか。む、と私が頬を膨らませると、かんな様が微かに笑ったような気がしました。


「でも、嬉しい。ありがと」

「あ、いえ……。えへへ……」


 こう、正面からお礼を言われてしまうと、照れてしまいます。恥ずかしくて正面から見られずに目を逸らしていると、かんな様が少し考えるような間を開けて、言いました。


「さつきは、私が一緒に行くと、嬉しい?」

「はい、それはもちろんとても嬉しいです。楽しそうですし」

「ん……。そっか……」


 かんな様は顔を伏せ、そしてまた顔を上げた時には別の話題を振られました。結局、その後は合宿について何も言われることがありませんでした。




 スキー合宿は十二月の半ば、テスト期間が終わった後に行くことになっています。これは勉強を気にしないようにするための措置なんだとか。そして今日は、その待ちに待った合宿の日です。

 校庭には四台のバスがとまっています。一クラス一台で、私たちの学年は四クラスあるので四台です。私たちのクラスはバスの席は自由となっているので、乗務員さんに荷物を預けた生徒から我先にと乗り込んでいきます。


 私も荷物を預けて、明日香と叶恵と一緒にバスに乗って、

 そして、見てはいけないものを見てしまいました。

 バスの最前列。先生が座る席の反対側。窓側の席に、ちょこんと、その姿はありました。本は読まずに、生徒の様子を興味深く見ています。そして私と目が合いました。


「ん。来た」

「なにやってるんですかかんな様!?」

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