6-2
思わずそう叫んでしまいました。いえ、だって、来れないって聞いていたのに、そう言っていたかんな様自身が先に席に座っているんですから。驚きもします。
私の叫び声を聞いたクラスメイトたちは、案の定静まり返っていました。
「え? え? ちょっと、さつき、かんな様がいるの? いちゃってるの?」
すぐ後ろから明日香がそう聞いてきます。私は頬が引きつっていることを自覚しながら、頷きました。
「明日香、叶恵、先生に……」
「がってん!」
「明日香、古いわよ」
バスを降りていく明日香と叶恵。私はかんな様に向き直ります。かんな様はきょとんとした様子でこちらを見ていました。
「さつき。来ちゃうとまずかった?」
「いえ、まずくはないのですが、教えておいてほしかったな、と……」
「ん。さぷらいず?」
こてんと首を傾げるかんな様。かわいいですけど、事前連絡は大事だと思うのです。いえ、本当に、今回ばかりは心臓が止まるかと思いました。
「神谷」
そうしている間に、担任の島崎先生が来ていました。島崎先生は少し興奮しているようで、顔が少しだけ赤いです。きょろきょろと周囲を見回して、最後に私の目の前の席を見ました。
「そこに、いらっしゃるのか?」
「はい」
「おお……。そうか……。よし分かった。みんなはこのまま引き続き席を決めなさい。私は他の先生方と話してくる」
先生はそう言うと、すぐにまた出て行きました。これは出発時間が延びてしまいそうです。先生が出て行ってすぐに明日香と叶恵が戻ってきたので、改めて席を決めることになりました。
「まずはかんな様に決めてもらうのが先だろ」
男子の言葉にすぐに全員が頷いて、全員の視線が私に突き刺さります。つまりは私に聞けってことですね。私はため息をつきたくなるのを堪えながら、かんな様に聞きます。
「かんな様、どの席に座りたいですか?」
「ん。余ったところでいい。ここに座りたい人がいれば、別の席に行く」
「かんな様らしいですけど、いつまでも決まらなくなりそうです……」
かんな様はもう少し我が儘になってもいいと思います。……あ、いえ、今日は特大の我が儘がきているのでやっぱり今のままでいいです。誘ったのは私たちなので我が儘とは違うかもしれませんが。
「かんな様は余った席でいいそうだけど……」
クラスメイトたちにそう言うと、何故かみんなが瞳を輝かせています。
「かんな様、謙虚なんだね!」
「話には聞いていたけど、優しいんだな……」
優しいのは同意しますけど、多分面倒なだけじゃないかな……。
これ以上かんな様を煩わせるのもなんだし、ということで、かんな様は今の席のままいてもらうことになりました。そしてその隣は自然と私になりました。かんな様が見えるのは私だけなので仕方がないとは思いますが。
通路を挟んで反対側は先生の席になっているので、次に決めるのは後ろの席です。そこからはじゃんけんで決めていくことになりました。
これもまた、時間がかかりそうです。
ふと気づけば、かんな様はそのじゃんけん大会の様子を見ていました。とても興味深そうに、じっと見つめています。
「おもしろいですか?」
「ん」
かんな様はじゃんけん大会が終わるまで、飽きることなくその様子を見守っていました。
予定より三十分ほど遅れて、バスは出発しました。通路の反対側の席では先生がどこか緊張した面持ちで座っています。こちらをちらちらと見てきているので、かんな様を意識しているのは間違いありません。
「先生はかんな様にお会いしたことってありますか?」
私がそう聞くと、少し考えて、頷きました。
「私たちがこの学校に赴任してきた時に、一度だけ、姿を見せていただける。一分程度の短い時間で挨拶をしてもらえるだけだけど、それだけで十分だ。今も、はっきりと姿を思い出せる」
「へえ……」
引き合わされる、というのは聞いたことがありましたが、その内容は初耳でした。どんな挨拶なんでしょうか。かんな様を見てみれば、
「ん? ようこそ。私がかんな。よろしく。それだけ」
そう教えてくれました。それにしても本当に短い挨拶です。ただ、急に現れて、挨拶をして、すぐに消える。神秘的とも言えるかもしれません。
先生の方に視線を戻すと、
「それ初耳だよ先生!」
「先生だけかんな様の姿を見たことあるなんて、ずるい! あたしも見たい!」
「ええい! 自分の席に戻りなさい!」
…………。見なかったことにしましょう。私は何も悪くない。
ちなみに私たちの周りは静かなものです。視線は感じますが、話しかけてくる人はいません。気を遣ってくれているのでしょう。
そうして走り続け、高速道路を走って、お昼過ぎには目的地にたどり着きました。宿泊するホテルは十階建てのホテルで、毎年この時期に利用しているそうです。バスから降りる時に、先生から注意事項を追加されました。
「いいか? 絶対にかんな様のことについて口外してはならない。かんな様はいないものとして扱いなさい。この言い方は失礼だとは分かっているが、それが一番確実だ」
先生のその言葉に、全員が神妙な表情で頷きました。かんな様だけがいつもと同じ調子です。ただ、小さな声が聞こえてきました。
「どっちみち、言えない」
「へ?」
「試してみれば、分かる」
不思議に思いながらも、私たちは順番にバスを降りていきます。私が降りる直前に、運転手さんから声を掛けられました。ひどく緊張した表情で、それでいて嬉しそうな複雑な表情。
「君が巫女なんだね?」
「えっと……。はい」
秘密はどこにいったのやら。そう思いながら頷くと、運転手さんは笑顔で言いました。
「とてもいい思い出になったよ。帰ったら、仲間に自慢できる。俺はかんな様と巫女を乗せたぞってね」
楽しんでおいで、帰りもよろしく、と送り出してくれました。運転手さんにとっても特別だったようです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます