6-3
バスから降りて、ホテルの前のスペースに生徒全員が集合します。ふと、私のクラスの男子が別のクラスの子に声を掛けました。
「おいおい! 聞いてくれよ! 実は俺たちのバスにさ! 乗ってたんだよ!」
「あん? 誰がだよ」
「それは……」
男子の声が止まりました。唐突に、前触れもなく。硬直するその男子に、別のクラスの子が何かを察したのか苦笑しました。
「言いたいことは分かった。でもまあ、見られてるってことを忘れないようにな」
それにしても羨ましいと言いながら、ひらひらとその子が手を振って離れていきます。かんな様を見ると、
「ん。つまりはこういうこと。町の外で私のことは口にできない。町の人ならその様子で分かるだろうけど、何も知らなかったら気づくはずもない。まあ、はっきり言ってしまうと呪いだね。気にしなくても、害はないから大丈夫」
呪いとは思いませんでした。秘密の保護はばっちりだそうです。私も気をつけておかないと、と思っていると、かんな様が小さな声で言いました。
「もしもの場合は、まあ、どうとでもする」
その声は、ひどく冷たく聞こえました。
ホテルの部屋は三人部屋で、私は明日香と叶恵と同じ部屋になっています。荷物を置いた私たちは、早速ホテルの外へと向かいます。先ほどの集合場所では、事前のアンケートでのグループ分けが行われています。
初めての初心者グループと経験者のグループの二つです。私は当然ながら初心者グループになっています。明日香も同じくで、叶恵は経験者らしいです。
全員が集まると、経験者のグループは先生に引率されて先に出発しました。経験者は決まった範囲でなら自由に滑っていいそうです。ちょっとだけ羨ましいです。
残った私たちの目の前には指導員の人が並びます。五人一組になって指導を受けることになっています。私はそのまま叶恵と、他のクラスの子三人と組むことになりました。
そうしてようやく出発です。指導員の指示のもと、まずはスキー板を選ぶことになります。
「さつき」
かんな様に呼ばれて、私は振り返りました。かんな様はちょっとだけ楽しそうに見えます。
「私は山を散歩してくるから。がんばって学んできなさい」
かんな様一人で行くんでしょうか。ちょっと心配です。神様相手に心配なんて必要ないのかもしれませんが。私の表情から考えを察したのか、かんな様は小さく肩をすくめました。
「心配しなくても、山かこの近辺にはいる。さつきが呼んだら、ちゃんと駆けつけてあげる。だからさつきは好きに楽しんでおきなさい。というよりも」
かんな様はそこで言葉を句切ると、指導員の方へと目を向けます。彼らが持っているスキー板を。
「私が行っても、暇なだけ」
確かに、それはそうです。かんな様がスキーをすれば、怪奇現象としてしか判断されません。少し寂しいですが、仕方ないことは分かります。
「行ってらっしゃい」
かんな様が手を振ってくれます。私も誰にも見られないように小さく手を振って、その場を後にしました。
・・・・・
さつきを見送ったかんなは、さて、と周囲を見回した。すでに全てのグループが出発した後で、先ほどまで子供たちで賑わっていたのが嘘のように寂しくなっている。教師が二人、残っているだけだ。
「スキー、ね」
かんなが生きていた頃にはなかった遊びだ。以前読んだ本には、細長い板に乗って滑っていく人の姿が描かれていた。一度やってみたい、と思うこともあるが、それは無理だ。
そう思っていたのだが、ふと思い立った。確かに多くの人が滑る場所ではできないが、いっそのこと森の中とかならどうだろう。滑りにくいことは間違いないが、幸い自分は怪我とは無縁の体だ。多少なら無茶をしても問題ないだろう。
早速とばかりに、かんなは山へと向かう。途中でスキー板を貸し出ししている施設に入り、少し申し訳なく思いながらも子供用のものを拝借する。後でちゃんと返しておけば、いい、か……?
誰にも見られないように、こそこそと移動する。他の人が見ればスキー板が勝手に動いているように見える。騒ぎになるだろうが、人に見つからない自信はある。道ではない木々の中にすぐに入ったのだから、そうそう見つからないだろう。
意気揚々と森の中、山を登っていくかんな。しかし表情は相変わらずの無表情。けれど、さつきが見れば嬉しそうに言ったことだろう。
楽しそうですね、と。
思っていたよりも難しく、けれど慣れれば簡単だった。乱立する木を避け、かんなは一人で滑る。滑り終わったらまた歩いてのぼり、そして滑る。その繰り返し。やはり無表情なので楽しくないのかと思われそうだが、実際のところはかんなはとても機嫌が良かった。
かみさまになって幾百年。久しぶりの『初めて』だ。楽しくないわけがない。
そうして気づけば日が傾き始めていた。そろそろさつきたちも戻ってくる頃だろう。名残惜しいが、そろそろ戻るべきか。それとも、さつきたちの夕食が終わるまでは待つべきだろうか。
かんなは飛び入り参加だ。それもいないはずの存在。当然ながらかんなの分の夕食があるとは思えない。別にかんなは食べなくても問題はないが、さつきは当然として、気にする人はいるだろう。せめて、いらないとはっきり言ってあげないといけない。
でももう一滑りぐらい、と思ってしまうが、きりがないので大人しく切り上げることにした。こっそり借りてきたスキー板も返さないといけない。かんなは大人しく山を下っていった。
・・・・・
ホテルの入口で、私はかんな様を待っていました。この後の夕食について、決まったことを伝えるためです。本来ならかんな様の分はないので先生方の夕食から一品ずつ取り分けよう、ということになっていたそうなのですが、ホテル側との交渉の結果、もう一食分用意してもらえることになりました。
ただ、食べる場所は私が宿泊する部屋です。他の子はホテル内のレストランとなっています。
しばらく待っていると、かんな様が戻ってきました。私の姿を見て、少し驚いているようでした。いつもの無表情ではありますけど。
「お帰りなさい、かんな様」
私がそう言うと、かんな様の表情が少しだけ柔らかくなったように見えました。
「ん。ただいま、さつき。それで、どうしたの?」
「はい。夕食ですけど、私の部屋で用意してもらってます」
「ん……? 私の分が、あるの?」
「はい。先生たちがホテルの人たちにお願いしたみたいです」
どういった交渉をしたかは分かりませんけど。そう付け加えると、かんな様は少し呆れているようでしたが、それ以上に嬉しそうに見えました。
「ん。あるなら、もらう。ないと思っていたから気にしないように言おうと思ってた」
「かんな様が食べられないのに私たちが食べるなんてとんでもない!」
「そうなると思ってたよ……」
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