7-2
雑談を続けて、私はかんな様と料理を食べて。そうしている間に時間は流れて、もうすぐ零時という時間になりました。この時間は私はいつも寝ているので、正直少し辛いです。明日香と叶恵は平気そうですが、あの二人はいつもこの時間は起きているのでしょうか。
「かんな様。もうすぐ時間ですよ」
「ん……」
うとうとしていたせいで気づいていなかったのですが、かんな様の前に大量の料理がありました。どうやらみんながこぞって持ってきていたようです。もぐもぐと口を動かしていたかんな様はそれを呑み込むと、ゆっくりと立ち上がりました。
「かんな様?」
「ん……。楽しかったから、特別」
かんな様が手を上げます。そして、ぱんと手を合わせました。
かんな様の手の音が不思議と響きます。気づけば、しんと静まり返っていました。
「え……?」
「かんな様……!?」
みんなが戸惑っています。元巫女の先輩二人が、目を見開いてかんな様を見ています。どうやら今、かんな様は姿を現しているようです。
「ん。ちゃんと見えてる?」
かんな様が聞くと、戸惑いながらも全員が頷きました。よしとかんな様も頷きます。
「知ってる人もいるとは思うけど、私がかんな。直接会うのは初めての人もいるね」
かんな様がちらりと私に視線を向けてきます。どういう意図があるのか分からずに首を傾げると、かんな様が小さく笑ったのが分かりました。
「最近は今の巫女に……さつきに色々と手伝ってもらってるから、ちょっとだけ神力に余裕がある。だから十分だけ、みんなにも姿を見せる」
もっと時間があれば、挨拶に来てくれる人全員とお話をしたいけど、とかんな様は小さくつぶやきました。すぐに気を取り直したように咳払いをして、
「時間はあまりないけど、何か言いたいこととかお願いしたいことがあるなら、直接聞く。今日だけ、特別」
かんな様がそう言い終わっても、まだみんな戸惑っているようでした。無理もないと思います。こうして、かんな様を直接見る機会なんてないでしょうし、急に言われても困ると思います。
ですが、すぐに動き出した人もいました。先輩巫女のお二人です。お二人はかんな様の前まで来ると、深く頭を下げました。
「お久しぶりです、かんな様」
「ん……。久しぶりだね。まあ私は、夏休みの時に来た時に見てるけどね」
「こうしてまた、かんな様のお姿を見ることができて、とても嬉しく思います」
「そう言われると、少し照れる」
そのわりにはかんな様はいつもの無表情です。けれど、かんな様が嬉しそうにしているのが私には分かります。他の人がどう感じているのかは分かりませんが。
お二人はかんな様と短く言葉を交わして、戻っていきました。きっと、もっと長く話していたかったと思います。けれど、今回は十分だけしかありません。他の人のためにすぐ戻ってくれたようでした。
「神谷さん、ありがとう」
戻り際、お二人が私にお礼を言ってくれました。
次に動いたのは私の両親です。お父さんとお母さんはかんな様の前で頭を下げました。
「お初にお目にかかります、かんな様。娘がいつもお世話になっております」
「ん。さつきにはがんばってもらってる。助かってる」
「ありがとうございます」
お父さんはどこか嬉しそうで、あと誇らしげでした。私が恥ずかしくなってきます。
お母さんが顔を上げて、かんな様と目を合わせました。
「かんな様。もう一度、お礼を言わせてください」
「ん?」
「さつきの足を治していただいて、本当にありがとうございます……!」
また勢いよく頭を下げます。かんな様は無表情のまま、少し戸惑っているのが分かります。
「あの子の走る姿なんて、もう諦めていました……。まさか、ここに来て、見ることができるとは思っていなくて……。本当に、感謝してもしきれなくて……」
お母さんの声が涙ぐんでいます。足が治ったその時も、お母さんは最後には泣いて喜んでくれていました。その時のことを思い出して、私も目頭が熱くなってきます。かんな様のお母さんを見る瞳は、優しげで、けれど少し寂しげで、遠い目をしていました。
「さつきには本当にお世話になってる。私にはもったいない巫女。その対価を先払いしただけだと思えば、安いもの」
でも、とかんな様が続けます。
「さつきも、そして君も喜んでくれていて、笑顔になってくれて、私としてもとても嬉しい。……もう少しだけ、さつきにはお世話になります」
ぺこりとかんな様が頭を下げて、それを見た両親が目を丸くして慌て始めて。両親が落ち着いたところで戻っていきました。
次は明日香と叶恵でした。叶恵は前回の経験もあるためか比較的落ち着いているようでしたが、明日香は顔を真っ赤にして緊張しています。こんな明日香を見るのは初めてです。
「あ、ああ、あの! 初めまして! 篠宮明日香といいます!」
「ん。知ってる。スキーの合宿の時に見た」
「そ、そうですよねすみません!」
「落ち着きなさいよ、明日香」
あまりの緊張ぶりに私だけでなく、叶恵も苦笑していました。気持ちは分かるけど、と叶恵は苦笑しつつもかんな様へと頭を下げます。
「またこうしてお姿を見ることができるとは思いませんでした。お久しぶりです」
「ん。ぬいぐるみありがとう」
「え……? ああ、文化祭の。いえ、すみません、さつきから聞きました。その……」
「さつきにも言ったけど、別に気にしなくていい。もう昔のこと」
ちなみにあの小さいぬいぐるみは社で保管されています。たまにかんな様が持ち歩いているのを見かけるので、気に入ってはくれているようです。
「明日香。叶恵」
かんな様が短く名前を呼びます。すると二人は驚いたように姿勢を正しました。その様子にかんな様は小さく首を傾げながら、言います。
「さつきと仲良くしてあげて。あの子は私を優先しすぎるきらいがあるから。さつきには、三年間しか一緒にいられない私じゃなくて、友達ともっと仲良くしてほしい」
まさかそれを明日香と叶恵に言うとは思わなくて、私は何も言えずに固まってしまいます。二人がこちらを見て、笑みをこぼしました。分かってる、とでも言いたげなその様子に、少し顔が赤くなってしまいます。
「かんな様。心配しなくても、私たちはさつきとずっと友達です」
「かんな様こそ、さつきと仲良くしてあげてください。さつきもその方が喜ぶはずだから」
失礼します、と二人が頭を下げて戻っていきます。私が呆然としていると、二人がこちらを一瞥して小さく手を振りました。なんだか、あの二人には頭が上がらないような気がします。
いい友達だね、とかんな様が小さくつぶやいたのが分かりました。
最後は校長先生と島崎先生です。ただ二人はかんな様とすでに面識があるためか、それほど緊張はしていないようでした。
「ずっと見てる。がんばってるのは知ってる。これからも、がんばって」
かんな様がかける言葉も短いものです。それでも、お二人には十分だったようで、肩をふるわせていました。
「ああ、ただ、校長」
「はい?」
「私を信じない子もいるのは仕方ない。でもそれを責めないように。職権乱用は良くないよ」
校長先生の頬が思い切り引きつりました。どうやら何か心当たりがあるようです。
「いらっしゃったのですか」
「ん。その気持ちは嬉しいけれど、ほどほどに」
「気をつけます」
何をしていたんでしょうか、校長先生は。二人が納得しているようなので私には口を挟むことができませんが、少し気になります。
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