2-6

「ん……。美味しい」


 お母さんは料理が上手な人です。きっとおにぎり一つとっても、私とば比べるまでもなく……。


「でも、さつきのおにぎりの方が好き」


 付け加えられたその言葉に、私は思わず目を丸くします。どうしよう、すごく嬉しい。頬がにやけていくのが自分でも分かります。それに気づいたかんな様は可愛らしく小首を傾げました。


「どうしたの?」

「な、何でもないです」


 言葉一つで自分でも分かるほどに気分が良くなってしまうのは、やはり単純と言えるのでしょうか。そんなことを思いながらも、私は笑顔で、かんな様がお弁当を食べるのを眺めていました。




 かんな様とのお話が終わった後は、いつも通りに教室で自習です。登校してくるクラスメイトに挨拶をしながら勉強を続けます。しばらくすると、明日香がやってきました。いつもと違い、あまり元気がなさそうです。


「明日香、おはよう」


 私が声を掛けると、明日香はこちらを見て、今にも泣きそうに顔を歪めました。


「さつき……。さつき! 聞いてよ!」


 明日香がかばんを放り投げてこちらへと走ってきます。うん、話は聞くからかばんはちゃんと持ちましょう。ほら、そこの男子の頭に当たって、戸惑ってますよ。明日香に気が付くと苦笑しながら明日香の席に置きに行ってくれていますが。


「さつき! どうしよう! ずっと探してるのに、見つからない!」

「何を?」

「キーホルダー! どこにでもあるやつだけど、私にとってはとても大事なものなのに……!」

「うん。これのこと?」

「そう! それが見つからなくて! ……ん? え?」


 はい、と明日香にキーホルダーを渡します。明日香は戸惑いながらもしっかりと受け取りました。そして、


「なんで!?」


 身を乗り出して聞いてきました。


「えっとね、知り合いに、明日香がキーホルダーをなくしたみたいだって聞いて……」

「嘘だね」


 即座に否定されました。私が声を詰まらせている間に、明日香が言います。


「私がキーホルダーをなくしたことは誰にも言ってない。家族にも、言ってない。一人で探してる」


 これは、予想外です。てっきり友達にお願いして一緒に探していると思っていたのですが。そうでなくても、相談ぐらいはしていると思っていました。


「私がこのことを口に出したのは、一度だけ。かんな様にだけだよ。それも神頼みのようなものだったし。それを、どうしてさつきは知ってるの?」


 明日香が真剣な眼差しでこちらを見つめてきます。この言い方から察するに、もしかすると私が巫女であることに気づいているのかもしれません。かんな様から、隠すようにと言われていたのに。


「あの、明日香……」

「ああ、分かった!」


 明日香がぽんと手を叩きます。ああ、やっぱり気づかれて……。


「さつきも何かお願い事をしに行ったんでしょ! たまたま私が先にお願いをしているのを聞いちゃって、出てこれなくなったんだ。それで、聞いた以上はって探してくれた! 違う?」


 何というか、あたらずも遠からず、と言いますか。私は曖昧に笑いながら、そんなところ、と答えておきました。


「やっぱり! もう、言ってくれれば良かったのに! でもありがとう、さつき!」


 そう言って、明日香が抱きついてきます。先ほどからずっと明日香の声が涙声になっていたので、離れろとは言えませんでした。仕方なく明日香の背中を撫でておきます。

 しばらくそうして、ようやく落ち着いたらしい明日香が照れ笑いしつつ離れました。


「ごめんね、さつき。でも本当にありがとう」

「ううん。たまたま見つけただけだから」

「ふふ。じゃあそういうことにしておくね」


 全く信じていなさそうです。確かにたまたまではありませんでしたが。


「ところで、さつきもかんな様にお願い事をしに行ったんだよね? 何か困り事? お礼に私で良ければ手伝うよ。どんとこい!」


 明日香が胸を叩いてそう言います。お願い事なんてないのですが、さすがにそれをそのままは言えません。少し考えて、私は言いました。


「足のお礼を言ってるだけだよ。定期的に行っているから、たまたまだね」

「ああ、そっか。残念、恩返しをするチャンスだと思ったのに」


 明日香が拗ねたように頬を膨らませます。


「あはは。また今度お願いします」

「うむうむ。いつでも頼りなさい!」


 私たちはそう言って、顔を見合わせ、笑いました。




 その日の放課後。また誰かが社の前でお願い事をしていました。どうしても欲しいアクセサリーがあるから、それが欲しいそうです。二年生の女の人でした。


「あのお願い事はどうするんですか?」


 女の人が帰ってから社の前に行き、かんな様に聞きます。かんな様は読んでいた本から億劫そうに目を上げると、首を振りました。


「放置。あれまで叶えていたらきりがない」

「はあ……。何か、基準があるんですか?」

「ん……。本人の力ではどうしようもないことなら、優先して叶えてあげる。まあ、ある程度は、だけど」

「ある程度ですか?」

「ん。例えば、鍵をなくして困ってる子がいたら、雨に打たれないようにしてあげて、あとは親が帰ってくるのを側で待つ。とか。……まあ正直に言えば、私の気まぐれ。その時の気分」

「あ、そうですか」


 それはそれでかんな様らしいです。おそらくかんな様の中では明確な基準があるのかもしれませんが、言葉にはしにくいのでしょう。


「まあ、でも……。さつきが叶えた方がいいと思うなら、考慮する。さつきは私の巫女だから」


 本に目を落としながら、かんな様が言います。気のせいか、どこか照れているような気がしました。気のせいかもしれませんが、その時初めて、かんな様から巫女だと正式に認められたような気がしました。手伝ったことが、大きいのでしょうか。


「ん……。今後ともよろしく」


 かんな様の素っ気ない言葉に、私は笑顔で、


「はい! よろしくお願いします!」


 かんな様は私をちらりと一瞥して、そっぽを向いてしまいました。

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