8-6

 私が驚いている間に、かんな様が言います。


「私は何もしてない。さつきの方こそ、おつかれ。いろいろとありがとう」

「あ、い、いえ! 無事に終わってほっとしています!」

「ん……。どうしたの? 様子が変だけど」


 かんな様は、今度は不思議そうに首を傾げました。先ほどとは違って無表情に近いものになっていますが、それでも顔を見るだけではっきりと感情が分かります。嬉しい変化なのですが、どう反応すればいいのか分かりません。

 私が固まっていると、神様の方が楽しそうに笑いました。


「はは。無自覚なところが、神無らしいね」

「ん……?」

「何でも無いさ。それよりも君に、渡すものがある」


 神様はそう言うと、社の中に戻っていきました。がたがたと、何かを外す音が聞こえます。次に何かを掘る音。何をしているのでしょうか。

 かんな様と二人で待っていると、神様が壺を持って出てきました。神様がそれをかんな様に渡します。抱えるほどの大きさの壺を、かんな様は言われるがままに受け取っていました。


「中を見てごらん」


 神様に促されて壺の中をのぞき込んで、かんな様は絶句しました。


「君も見ていいよ」

「はい……。失礼します」


 かんな様の横から、そっと壺の中を見てみます。中に入っていたのは、白い何か。

 頭蓋骨、でした。人の。人の頭蓋骨。


「…………。ふう」

「さつき!?」

「あ、やば。人の子には刺激が強すぎた」


 お二人の声をどこか遠くのように聞きながら、私は意識を手放しました。


   ・・・・・


 気を失ったさつきをその場に横にして、毛布をかけてあげる。頭を撫でてあげると、ふにゃ、という音が聞こえてきそうなほどに相好を崩した。もう少し、警戒心を持った方がいいと思うのだけど。

 さつきを撫でながら、私は神様を見る。さつきになんてものを見せるんだ、という非難をこめて。それが正確に伝わったようで、神様は悪かった、と少しだけ頭を下げてくれた。


「まあ、いいです。ところで神様」


 私は壺を見て、神様に言う。


「どうして私の骨がそこにあるの?」


 あの壺の中にある頭蓋骨、そして大小様々な骨。あれらは間違い無く、私の骨だ。私が人だった時の、骨だ。何故それを神様が持っているのか。何故、綺麗な状態で保持されているのか。それらの問いまで察したようで、神様は答えてくれた。


「僕が保管していたんだよ。君に隠してこっそりとね。壺からまるっと僕の加護をかけてあるから、保存状態は悪くないはずだ」

「悪くないのは確かにそうだけど……。何のために?」

「今日、この日のために」


 神様の目が鋭くなった。ただそれは私を責めているわけではないみたいで、どこか遠くを見ているようなものに変わってしまった。


「君が、僕が戻ってきた後もここに留まり続けられるように、と思ってね。君が望まないなら、新しく墓でも作ってやろうと思っていたよ。今の君なら、これがどうなっているかは、分かっているだろう?」

「ん……。依り代」


 少し前までの私は、感情のみでここに留まっている状態だった。ただそれは、ひどく曖昧なものだ。感情に祈りを向けられても、届くわけがない。だからこそ、私は無理だと思っていた。

 ところが神様が骨を保管していたことによって、私への祈りはこの骨に宿った。今までのような曖昧な存在ではなく、骨という確かな物が私の依り代になっている。神様はそれを見越していたのかもしれない。


「その骨は君の社に保管しておくといい。僕の加護は切ったから、ちゃんと自分でかけなおすんだよ。その骨が朽ちきった時が、君が成仏する時だ」


 ああ、なるほど。それはつまり。


「成仏したくなったら、骨を壊せばいいんだね」

「察しが良くて助かるよ」


 神様は満足そうに頷くと、それじゃあ、と自分の社の中へと向かう。戻り際、私へと振り返って、


「何か用があれば呼ぶといい。僕はそれまで、眠るとするよ」


 くあ、と大きな欠伸をして、神様は自分の社の中に戻っていった。すぐにその神様の気配が希薄になる。本当に眠ってしまったらしい。呼び出さない限りは、起きてくることはないと思う。永遠の別れというわけではないけれど、それでもあっさりすぎる別れだ。まあ、神様らしいけど。


「さて、と……」


 私もすることがなくなった。あとはさつきが起きるのを待つだけだ。それまでに、練習でもしておこう。

 私はさつきの頭を膝の上に載せて、優しく撫でながら、


「笑顔って、どうやって作るんだっけ……?」


 感情を押し殺す必要はなくなった。だけど、表情の作り方なんてもう忘れてしまった。片手で顔をいじりながら、私は表情の練習を続けた。


   ・・・・・


「えっと……。つまりはこれは、かんな様の骨、と……」

「ん。そういうことになる」


 私の目の前にはかんな様と、かんな様が抱える壺があります。かんな様の骨だと言われても、目の前にかんな様がいるのでどうにも現実味が湧きません。

 先ほど目を覚ましてから、私はかんな様から骨のことを聞きました。まさかかんな様の骨だなんて思わなくて、驚いたものです。それ以上にかんな様が膝枕をしてくれていたことに驚きましたが。


「これが私の本体みたいなものだから。壊さないでね。私が消える」

「う……。とても大事なものですね……。普段はどうしますか?」


 もちろん壊すつもりなんてありませんが、保管場所には気をつけないといけません。人為的でなくても、地震などの災害に巻き込まれることも考えられます。ですがかんな様は特に気にした様子もなく、言いました。


「ん。社の奥にでも入れておく。それで十分」

「ええ……。でも、それだと何かあったら……」

「ん。加護をかけてあるから、よほどのことがなければ壊れない。大丈夫」


 詳しいことは分かりませんが、かんな様が大丈夫だと言うならそうなのでしょう。私としても他に案があるわけではないので、かんな様に従うことにします。


「じゃあ、ちょっとしまってくる」


 かんな様はそう言うと、社の中に入っていきました。何か重たいものを置く低い音が聞こえてきて、すぐにかんな様が戻ってきました。


「これで大丈夫」

「はい。大丈夫、ですね」


 何となく、ようやく終わった、というような気がしてきました。年始の準備から考えると、二週間もずっと働いていたことになります。ようやく終わって、一息つけます。


「さつき」


 名前を呼ばれてかんな様を見ると、そのまま頭を下げられました。どうして頭を下げられたのか分からなくて、私は何をしていいのか分からなくなります。そのまま固まっていると、かんな様が言いました。


「改めて、お礼を言っておく。ありがとう。さつきがいなかったら、私は多分このまま成仏してたから」

「いえ……。私の方こそ、すみません。せっかく成仏できるのに、引き留めてしまって」


 本当なら、かんな様も成仏したかったのではないでしょうか。私が我が儘を言ったから、ここに留まることにしたとか……。そんなことを考えてしまいます。ですが、かんな様は小さく首を振って、


「私の意志。私も、もう少しみんなのことを見守りたかった」


 そして、私を見つめてきました。


「今の巫女は色々と心配だし」

「ええ……」


 そんなに心配されるようなことをした覚えはないのですけど……。私が唇を尖らせると、かんな様は笑い声を漏らしました。小さな声でしたが、私はかんな様の笑い声が聞けて満足です。


「今後ともよろしくね、さつき」


 かんな様の声に、私は笑顔で頷きました。


「はい。よろしくお願いします、かんな様」

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