8-5
かんな様とのんびりと並んで座って、時間が流れていきます。スマホで時間を確認すると、正午を少し過ぎました。
「そろそろですね」
「ん……?」
首を傾げるかんな様に、私は笑顔で立ち上がります。少し待つと、門の方から大勢の人が歩いてきました。この学校の学生のみんなです。
「なんで? まだ、冬休みじゃ……」
「だから、関係ないですってば」
かんな様はどうしてそんなに自己評価が低いのでしょう。
そうしている間にも、続々と人が集まってきます。学生だけでなく、先生たちや、商店街の人たち。スーツを着た人も大勢います。社の前だけでは集まれないので、順次校庭の方に移動してもらっています。
それでもまだまだ、人の流れは続きます。
当然でしょう。町中から、老若男女問わず、働いている人たちも含めて、集まってくれているのですから。
かんな様は信じられないものを見ているかのように呆然としています。その様子が、少しだけおかしいです。
「かんな様」
私が呼ぶと、のろのろとした動きでかんな様が私の方を見ました。未だ困惑から抜け切れていないようです。そのかんな様に、私は笑顔で言います。
「この町の人たちは、かんな様にずっと感謝しているんです。これは今までかんな様が私たちを見守ってきてくれた恩返しです。もっと、集まりますよ」
あのポスターを町中に貼った日。一時間もせずに、学校に問い合わせの電話がきました。そこからはひっきりなしに電話がかかってくるので戦場のようなものになっていました。先生にとっては、普段の仕事とは関係のない余計な仕事です。けれど、誰も不満なんてないみたいで、熱心に対応してくれていました。
私自身も、校長先生と一緒に町を回り、交差点など人が集まるところで、経緯を説明し続けていました。多くの人が立ち止まって、私の話を聞いてくれて、その場で協力を約束してくれていました。
かんな様はこの町をずっと見守ってくれています。そしてこの町は、私たちは、そんなかんな様が大好きです。消えてしまうだなんて、認められるはずがありません。
気づけば、数え切れないほどの大勢の人が学校の敷地に集まりました。敷地だけでなく、外の道路にも集まっています。警察の人が交通整理までしています。
「神様。どうですか?」
古い社の上、こちらを楽しげに見ている龍の姿の神様に問いかけます。私の周りにいる人がその姿を見ようと視線を巡らせていますが、どうやら見えているのは私だけのようです。神様は笑顔で頷きました。
「十分だ。いや、これほど集まるなんて正直思わなかったよ。神無はみんなに愛されているんだね」
「当然です。私たちはかんな様のことが大好きです」
自信を持ってそう言えます。それを聞いたかんな様はうあ、と妙な子を漏らして俯いています。その顔がちょっと赤くなっていて、それがとても可愛らしいです。
「では、始めようか。君たちの前に姿を見せるのは、とても久しぶりだよ」
神様はそう言うと、ゆっくりと空に浮かび始めました。そして、どんどんと大きくなっていきます。気づけば学校の敷地を覆うほどの大きさになっていました。それと同時に、周囲の人が息を呑むのが分かります。神様の姿が、見えているようです。
「龍……?」
「えええ!? 龍って、龍って!」
な、なんだか騒ぎが大きくなってきましたけど、大丈夫でしょうか。
私が頬を引きつらせていると、
「静まれ」
神様の声が、周囲に響きました。あれだけの喧噪だったのに、不思議と耳に届く声でした。誰もが口を閉じて、静かになります。神様は私たちを見下ろして、口を開きました。
「さあ、祈りを。神無への祈りを。感謝でも、願いでも、何でもいい。それが神無に関わることなら。その祈りが、神無の神格になる。貸し与えられた仮初めの神格ではなく、祈りによる真の神格が与えられる。さあ、祈りなさい」
みんなが一斉に目を閉じました。もちろん私も。今までの感謝を一心不乱に捧げます。
どれほどそうしていたでしょうか。服の袖を引かれてはっと顔を上げれば、かんな様がこちらを見つめていました。
「ん……。もういい。十分」
「そう、なんですか? 変わっているように見えないですが……」
「ん。まあ、見えない部分だから。仕方ない」
そういうもの、なのでしょうか。私には分からないものです。神様へと視線を移せば、満足そうに笑っているようでした。
「祈りは届いた。お前たちの祈りにより、神無は真の神格を得た。……これで神無は成仏しない。安心するといい」
後半はとても優しい声音でした。小さく咳払いをして、神様が続けます。
「我々神の力は人の信仰、祈りによって得られるものだ。今後も神無の加護を望むのなら、祈りを欠かさぬようにするといい」
神様はそう言うと、すっと消えてしまいました。……少なくともみんなの目にはそう見えているはずです。私の目には、
「ふう、疲れた疲れた」
かんな様の横で、手で額をぬぐう神様が見えています。小さい手なのに器用にぬぐっています。その行為に意味があるのか分かりませんが。
「神谷さん、終わったのかい?」
側のいたおばさんが聞いてきました。面識はなかったはずなのですが、すっかり私も有名になってしまいました。まあ、いいのですけど。
「はい。終わったみたいです。ご協力ありがとうございました」
「いやいや、あたしらも貴重な体験をさせてもら……」
おばさんの言葉が途切れました。何となく、何があったのか予想がつきます。私が振り返ると、新しい社の前にかんな様がいました。何となく、いつもより存在感があるよな気がします。きっと、みんなにも見えているのでしょう。
「ああ……。本当に、いい日だ……」
おばさんは嬉しそうにそう言うと、かんな様に頭を下げました。いえ、気が付けば、その場にいるみんなが頭を下げています。
頭を下げ終わった人から順番に、裏口から帰っていきます。正門もあるのに、わざわざみんなが社の前を通って裏口に向かっています。かんな様への挨拶が目的なのはすぐに分かりました。
誰もが驚いて、そしてどこか安堵をにじませた笑顔で頭を下げていきます。かんな様はそれを黙って見続けています。何も言わず、じっと。
ゆっくりと時間をかけて。そうして気が付けば、私とかんな様、神様以外には誰もいなくなっていました。
「お疲れ様でした、かんな様」
私がそう声をかけると、かんな様は苦笑しました。
はっきりと、苦笑いと分かる表情を浮かべました。
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