8-4
・・・・・
神様が戻ってきてから、五日が経った。
「いい仕事だったね」
社の前でふわふわと浮かびながら、神様がそう言う。私もそれには同意見だ。大工さんたちはすごく頑張ってくれた。
今まで住んでいた社の横、三メートルほど離れた場所に、真新しい社が建っている。神様の社より少し小さいものだ。大工たちはいっそのこと大きく作ろうとしてくれていたけど、それは困るから小さく作ってもらった。間に立っていたさつきも不満そうだったけど。
「大きく作っても良かったよ?」
にやにやと意地の悪い笑顔で神様が言う。私は首を振る。
「神様の眷属なのに、その神様を差し置いて大きな社に住むとか考えられない」
「はは。まあそれもそうか」
ちなみに私の荷物もすでに新しい社に移されている。これは夜の間に、誰にも見られないように行った。持って行く途中で古いものもたくさん見つかった。思い出に浸っていると神様に笑われたけど。
ただ、この社はちゃんと使うことができるのか、それはまだ分からない。私に残された時間は少ない。私が消えてしまえば、この新しい社も用済みだ。まあその時は神様が使うと思うけど。
残り時間は、もう、わずか。
「どうせ消えるなら、最後はさつきと一緒に、出かけたかった」
私が望むのはだめなことかもしれない。それでも、最後は子供のように遊んでみたかった。かみさまとしてではなく、一人の子供として。私が殺してしまった人たちに怒られそうだけど。
小さくため息をついて振り返ると、神様が妙に優しい目で私を見つめていた。
「変わったね、神無」
そう、かな? よく分からないけど。
「ああ、変わったよ。恨み、恨まれて悪霊となっていただなんて、今では分からないぐらいにね。とても好ましい変化だ」
「ん……。よく、分からない」
「はは。それでいいさ」
神様は最近はずっと笑っている。とても機嫌が良さそうに。まあ、機嫌が良いのはいいことだろう。ただ、私はちょっと、不満ばかりだ。
最近、さつきは朝しか来ない。私のために奔走してくれているのは分かっているけど、それでもやっぱり、少し寂しい。もっとお話がしたい。
私は新しい社の前でさつきを待つ。さつきは今日も、戻ってこない。
・・・・・
神様が戻ってきてから、今日で一週間。今日のお昼過ぎが、勝負です。まだ学校はぎりぎり冬休みですが、お父さんたち大人の人はみんな働いています。自分の生活に戻っています。何人が来てくれるのか、私にも分かりません。
「かんな様……」
朝、社の掃除を終えると、かんな様がじっと私のことを見つめていました。かんな様の手には、袋が握られています。おはぎの入っていたパックを入れた袋です。神様用に多めに買ってきたのですが、どうやら神様と二柱で全部食べてしまったようです。
「おはぎ、どうでした?」
泣いても笑っても、今日が最後です。かんな様と一緒に明日を迎えられるかは、まだ分かりません。かんな様の好きなものを、と思って買ってきたのですが。
「ん……。美味しかった」
かんな様はそう言ってくれますが、どこか不機嫌そうです。不思議に思いながら私が首を傾げると、
「さつきのおにぎりが食べたかった」
「あ……」
寂しそうなかんな様の顔を見ると、ひどい罪悪感に襲われてしまいます。時間がなかった、なんて言い訳はできません。おはぎを買いに行く時間はあったのですから。
「あ、あの、今から作りに……」
「いい。そこまでしなくてもいい。それよりも、少しお話をしよう」
かんな様が新しい社からシートを引っ張り出してきて、社の前に広げます。かんな様と一緒に並んで座ります。何の話かなと待っているのですが、かんな様は座ったまま何も言ってくれません。のんびりと風景を眺めています。
「あの、かんな様?」
先に私が声をかけると、かんな様はこちらを見て、
「ん」
小さく、微笑みました。
「さつきには、感謝してる。さつきのおかげで、この一年、とても楽しかった。今までたくさんの巫女がいたけど、さつきが一番良かった」
「そ、そうですか? そう言ってもらえると、嬉しいです」
真っ正面からそんなことを言われると、とても照れてしまいます。自分の顔が熱くなっているのがよく分かります。
「だから、一つお願いがある」
「お願い、ですか?」
「ん。私が消えたら、小さいものでいいから、お墓でも作ってよ。私は死に方が死に方だったから、お墓なんてないから」
それは、もう消えることが決まっているかのような言い方でした。それがとても、腹が立ちます。かんな様が消えてしまう結末なんて、私は絶対に認めません。
「絶対に、嫌です」
私がそう応えると、かんな様は悲しそうに眉尻を下げました。ちょっと罪悪感がわきますが、それはそれ、これはこれ、です。
「かんな様のお墓なんて作ってあげません。かんな様はまだずっとここにいるんです。それとも、かんな様はもう消えてしまいたいんですか?」
もしも。もしもそうなら、私が止めることはできません。かんな様がもう見守ることに疲れてしまって休みたいのなら、私は見送るべきなのでしょう。もしもそうなら、笑顔で見送ります。とても悲しいですけど、かんな様が未練なく休めるように、します。
でも、消えたくないのなら。
「ん……。消えたくは、ない。みんなと、さつきともっと一緒にいたい」
「だったら、諦めないでください。きっと大丈夫ですから」
一緒にいたいと思ってくれていることに、思わず相好が崩れそうになります。にやけそうな頬をどうにか真面目な顔で維持しつつ、言います。
「それに、かんな様はご自分を過小評価しすぎです」
「ん?」
「かんな様の一大事です。祈りが必要? それぐらい、みんな来てくれますよ」
「あり得ない。仕事は大事」
「かんな様はもっと大事です」
意味が分からないといったように顔をしかめるかんな様。ですが、私は自信があります。だって、声をかけてきた誰もが、即座に協力を誓ってくれているのですから。
「だから、明日こそはたくさんおにぎりを作ってきますね」
私がそう言うと、かんな様は苦笑しつつ肩をすくめました。
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