8-3

 深夜。校長先生は校長室で頭を抱えています。私が話した内容は衝撃的だったようです。ただ、一応かんな様の過去については黙っています。あまり言いふらしてほしくない内容だと思ったためです。話したのは、本来の神様とかんな様の関係です。


「かんな様は本来の神の眷属で、神が戻ってきて役目を終えたから成仏する、と……」

「はい……。かんな様を留めるためには、本当の神様になってもらうしかないみたいです。そのためには、新しい社と、あとはたくさんの祈りが必要だとか」

「新しい社については、まあ用意できるだろうね……。祈り、祈りか……」


 神様は明確な人数を教えてくれませんでしたが、難しいというからには十人程度ではきっと足りないのでしょう。百人とか、もしかしたらそれ以上、かも……。それに、ただ人を集めるだけじゃなくて、ちゃんと祈ってくれないといけません。


「難しい、でしょうか……?」

「簡単ではない……。だがまあ、できるだけのことはしよう。私としても、かんな様がこのまま消えてしまうだなんて、認めたくはないさ」


 どうやら校長先生も私と同じ考えのようです。

 今まで私たちを見守ってくれたのは、かんな様です。戻ってきた神様ではなくて、かんな様なんです。知らない神様よりも、かんな様と一緒にいたいと思うのは、我が儘なんでしょうか。


「時間との勝負だ。がんばろう」

「はい!」




 翌朝。いつものように社の掃除を、神様二柱からとても呆れた様子で見られながら済ませて、私はすぐにある家を訪ねます。校長先生に紹介された家で、印刷会社の社長さんの家です。一月二日、当然ながら休んでいるのですけど、大至急、作ってもらわないといけないものがあります。

 校長先生からすでに連絡はいっていたようで、家の前で社長さんは待ち構えていました。髪をオールバックにしたちょっと怖そうな人で、けれど年始にお参りに来たのを覚えています。そのまま会社の方へと案内されます。二階建ての建物です。一階は事務所になっているようで、机やパソコンが並んでいました。


「データは?」


 社長さんにフラッシュメモリを渡します。この中には、校長先生と一緒に徹夜で作ったポスターのデータがあります。社長さんはパソコンでそれを開き、読んで、固まりました。


「おい……。なんだこれは……」


 何が不備でもあったのでしょうか。私が首を傾げると、


「こんな話、聞いてないぞ!」


 どうやら内容についてのことのようです。どうやらそっちの説明はされていなかったみたいです。


「まてまてまて……。君が巫女で間違いないな? これは本当なのか?」

「はい……」

「おいおいおいおい……」


 ポスターは、巫女からのお願い、という見出しで、本来の神様とかんな様の関係、このままではかんな様が消えてしまうこと、留まってもらうためにはどうすればいいのか、などを分かりやすく書いています。


「ふざけるな!」


 社長さんが大声で怒鳴りました。驚く私を放置して、社長さんが電話を取ります。すごい勢いでダイヤルをしていきます。


「俺だ! 今すぐ会社に来い! 休み? 知るか! 一大事だ!」


 えっと、社員さんに電話、でしょうか? 同じようなことが何度か繰り返されて、次に社長さんは私を見ました。


「ああ、すまん。午前中には印刷は終わらせる。昼過ぎに取りに来て欲しい。あとは、社だな? 作るとなると、そうだな……」


 社長さんはまた電話を取ると、迷いなく番号を押していきます。私が何も言っていないのに話が進んでいきます。間違いはないのですけど。


「おお、お疲れ。俺だ。あ? 飲みの誘いじゃねえよ。仕事だ。休んでいるところ悪いが、かんな様の一大事だ。お前もかんな様には消えてほしくないだろ?」


 一瞬の沈黙の後、怒鳴り声が電話から聞こえてきました。


「落ち着け。説明はする。説明をしている間に、巫女をお前のところにやるから。……任せたぞ」


 社長さんが手元のメモ帳に素早く地図を書くと、メモ帳ごと私に渡してきました。ここからさほど離れていない場所が書かれていて、大工、となっています。社長さんと目が合うと、行け、と小さく言われました。

 電話を続けている社長さんに頭を下げて、地図に示された場所に向かいます。途中で、全力疾走で走っていく女の人とすれ違いました。振り返ると、先ほどの印刷会社に向かっているようでした。社長さんが呼び出した社員さんの一人、なのでしょう。

 正直なところ、断られたらどうしようかと思っていましたが、どうやらその心配は杞憂だったようです。


 地図に示された場所は建築会社でした。少し大きな会社で、社屋の他に駐車場や倉庫もあります。社屋の前に、五人ほどの男の人が立っていました。強面の人たちばかりで、やっぱり怖いです。

「おう。巫女だな?」

 中央の、一番年上だろう男の人が声をかけてきました。


「は、はい。神谷さつきといいます」

「おう。事情は聞いた。社を作ればいいんだな?」

「はい。お願いできますか?」


 ああ、と頷きを一つ、すぐに他の四人へと視線を走らせます。四人は社屋や倉庫へと走って行きました。


「俺たちも社を作るのは初めてだからな。少し時間はかかるが、一週間もあるなら十分だ。超特急で引き受けてやるよ。とりあえず、具体的な場所を先に決めるか。学校に行くぞ」


 行くぞ、と歩いて行きます。私は慌ててそれを追いかけようとして、

 そこで、あ、と気が付きました。

 お金。支払いのことです。ポスターはかみさま金庫から出すことになっているのですけど、社の方はまだ何も決まっていません。お金が足りるかも分かりません。それなのに、どんどんと話が進んでいきます。血の気が引いていくのが自分でも分かりました。

 立ち止まってしまった私に気が付いたのか、大工さんが振り返ります。怪訝そうに眉をひそめて、どうした、と聞いてきました。


「あの、お金、まだ用意してなくて……」


 そう言った瞬間、大工さんが大きく顔を歪めました。怒られる、と私が思わず目をつぶると、


「阿呆が。そんなのはどうでもいいんだよ」


 そんな言葉と共に、頭を撫でられました。目を開けて、大工さんを見ます。先ほどとは違って、とても優しく笑っていました。


「俺たちみたいにここで生まれ育ったやつらは、みんなかんな様に世話になってるんだ。直接的でなくても、間接的にな。そのかんな様への恩返しができるんだぞ? 金はこっちでどうとでもしてやる。俺たち大人が考えることだからな」


 子供は甘えとけ、と大工さんは大きく笑います。その笑顔は、とても格好良いものでした。

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