4-3

 各学年に巫女がいればまた別だったかもしれませんが、今は先輩が言うように私一人だけです。ばれてしまったら、上級生から何か言われるかもしれません。それはちょっと、正直なところ、面倒です。


「次は、かんな様の仕事に関わってはいけない」

「え」

「…………。今の、え、は何かな?」

「いえいえ何もありません!」


 かんな様の仕事、ということは、お願いを叶えたりする時とか子供を助けたりとか、そういったことのことでしょう。手遅れです。すでに関わっています。

 明日香のキーホルダーの時はもちろん、その後も探し物とか、私が手伝えそうなことは同行しちゃっています。まさか、禁止事項だったなんて。


「あの、ちなみに理由を聞いても……?」

「そうね。はっきり言ってしまえば、私たちは邪魔にしかならないからよ。私たちが一緒にいても、私たちに気を遣ってかどうかは分からないけれど、かんな様の力で簡単に終わることでも、どうしてかそのお力を使わないらしいわ」

「へえ……」


 そっと、かんな様を横目で見てみます。かんな様はあからさまに視線を逸らしました。まさか、邪魔にしかなっていなかったなんて。ちょっと、落ち込んでしまいそうです。


「邪魔だなんて、思ってない」


 かんな様の小さな声が聞こえました。きっと私に気を遣ってくれたのだとは思いますが、その言葉だけでとても嬉しくなってしまいます。私はとても単純みたいです。


「最後の一つだけど」


 先輩が言って、私は姿勢を正しました。


「かんな様と仲良くしないこと。友達にならないこと」

「……はい?」

「うん。まあ当然の反応ね」


 今までで一番意味の分からない内容です。どうして、かんな様と仲良くしてはいけないのでしょうか。せっかく姿が見えて声が聞こえるのですから、かんな様と友達になりたいと思っていたのですけど。隣では、かんな様もそんなルールがあったとは思っていなかったのか、わずかに眉をひそめていました。

 先輩は私の様子を見て、私が考えていることを察したのでしょう、とても悲しげに眉尻を下げました。


「神谷さんの反応も分かるわ。ただ、これは私たちのためではなくて、かんな様のためのルールなの。特にこの三つ目は、守ってほしい」

「どうしてですか? 私は、せっかく選んでもらえましたし、かんな様と仲良くしたいです」

「うん。私も同じことを思ったわね」


 誰もが思うことよ、と先輩は笑います。とても、悲しげに。


「でもね。考えてみてほしいの。時間のことを」

「時間、ですか?」

「どれだけ仲良くなって友達になって、例えば親友と呼べるような間柄になれたとして。三年間でお別れなのよ」

「あ……」


 考えないようにしていたことを、また思い出させられました。

 三年。私がこの学校を卒業すれば、巫女ではなくなります。同時に、かんな様の姿も見えなくなり、声も聞こえなくなる。認識できないのなら、それはもういないのと同じなわけで。例え社にいると分かっていても、二度と会えなくなるのと同じなわけで。

 背筋が、冷たくなりました。


「理解できたわね?」


 先輩の質問に、私は力無く頷きます。忘れてはいけないこと、です。


「それじゃあ、もう少し想像力を働かせてみましょう」

「え?」

「たった一人のお別れでも、とても辛いものよ。神谷さんも分かるわね? 三年間でのお別れ。でもそれは私たちにとっては一回きりの、かんな様という例外、特別なことよ」

「それは……。はい。そうですね」

「それじゃあ、かんな様にとっては?」


 私にとっては、三年間でのお別れはかんな様だけ。かんな様にとっては?

 信頼している巫女、仲良くしている巫女が三年間でいなくなる。それを毎年繰り返す。ずっと、ずっと。

 ああ。ようやく理解しました。どうして今までの巫女が、そんなルールを決めたのか。

 きっとそれは、かんな様を守るためのルールです。何度も辛いお別れをしてほしくない、という考えなのでしょう。仲良くなければ、ただの巫女との別れなら、かんな様もそこまで辛くはないはずです。

 上げて落とすのではなく、最初から落としておく、そういうことでしょう。


 そっと隣を見てみれば、かんな様は珍しいことに大きく目を見開いて、驚愕を顔に出していました。きっと、かんな様は今までの巫女がそんなことを考えていただなんて知らなかったのでしょう。

 理解は、できました。けれど。


「嫌です」


 私がそう言うと、先輩が顔をしかめました。


「どうして?」

「私は、かんな様と友達になりたいです」

「相手は神様よ」

「だから何ですか? 私にとってかんな様はかんな様です。知らない場所に行ったり知らないものを見たりするだけでとっても楽しそうにします。実はとても寂しがり屋で、私が毎朝行くと、いつも嬉しそうにしてくれます。それぐらいの感情の変化ぐらいは、ちゃんと分かります」

「へえ……。そう、なんだ……」


 私が言い切ると、先輩は呆然とした様子でそうつぶやいて、次に優しく微笑みました。


「まあ、もともと、このルールに強制力なんてものはないから、神谷さんの好きにしていいわよ。神谷さんがそうしたいなら、そうしなさい。私はそれを否定したりしないわ」


 先輩はそう締めくくると、さて、と立ち上がりました。どうやらこれで話は終わりのようです。私も立って、校長先生に頭を下げます。


「お邪魔しました」

「ああ……。気をつけて」


 短い言葉。校長先生は何かしらを考え込んでいるようですが、私には詳しいことは分かりません。

 先輩に続いて校長室を後にします。かんな様が出たところで、静かに扉を閉めました。


「それじゃあ、私はもう行くわね」


 何かの鍵、多分ですけど車でしょう、その鍵を取り出して、指先でくるくる回しながら先輩が言います。最後に社に寄っていくと思っていた私は少しだけ驚いてしまいました。


「社に行かないんですか?」

「ええ。かんな様に合わせる顔がないもの」


 自嘲気味に笑う先輩に、私は首を傾げます。先輩が続けます。


「私は、かんな様の感情なんて分からなかったわ。いつも無表情で薄気味悪く感じたこともある。でも、あなたの話からすると、ちゃんとかんな様を見ていれば、小さな変化が分かるはずだったのでしょうね」


 先輩はそう言うと、踵を返します。社へと向かう方向とは違う方へと。

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