4-2

 今までの巫女の方が、代々引き継いできたルール。決まり事。とても大切なことのような気がします。私も巫女の一人として、やはり聞いておくべきでしょう。


「よろしくお願いします」

「はい。お願いされました」


 私が頭を下げると、先輩は頷きを一つ。それから、かんな様へと言います。


「申し訳ありません、かんな様。この子を少しだけお預かり致します」

「ん。預ける。立派な巫女にしてあげて」


 その声は聞こえていないはずなのに、先輩は任せてくださいと返事をしています。かんな様がどう言うか分かっているのかもしれません。先輩は立ち上がると、私へと言いました。


「それじゃあ、行くわよ」

「はい。……どこにですか?」

「校長室。ちゃんと許可はもらってあるから、大丈夫よ」


 そう言って、先輩がさっさと歩いて行ってしまいます。私も慌てて立ち上がって、かんな様に言いました。


「それじゃあ、行ってきます」

「ん? 私も行くけど」

「え?」

「ん?」


 私とかんな様が一緒に首を傾げます。聞き間違い、ではないですよね。かんな様は一緒に来るつもりのようですけど、それはいつものことなのでしょうか。かんな様に聞いてみると、首を振られました。


「初めて聞きに行く。巫女の子たちに巫女のルールがあるというのは知ってる。でも、私は内容を知らない」

「そうなんですか?」

「ん。みんな、私がいない時に引き継ぎをしていたから」


 それはつまり、かんな様には聞かせられない内容、ということではないのでしょうか。かんな様にはここで待っていてもらった方がいいような気がします。先輩に相談してみるべきでしょうか。私がそんなことを考えているのが分かったのか、かんな様がじっと私のことを見つめてきました。


「さつきが何も言わなければ、ばれない」

「で、ですけど……」

「巫女の子たちが、どういったことを決めているのか、知る機会。お願い、さつき」

「うう……」


 そんな風にお願いされたら、断れるわけがありません。私は思わずため息をついて、すぐに踵を返しました。


「さつき?」

「私は何も見えてません。かんな様は社にいるはずなので、何の声も聞こえません」

「…………。ありがと」

「何も聞こえていませんけど、どういたしまして」


 そう言って、私は校長室へと急ぎます。すぐ後ろから、かんな様が追ってくるのが分かりました。


「ところでさつき。わざとらしすぎて滑稽」

「ほっといてください!」




 校長室。校長先生が仕事をしていますが、先輩は気にせずソファに座りました。私は机を挟んで向かい側に座ります。私の隣にはかんな様が座りました。もっとも、それが分かるのは私だけですが。

 校長先生がちらりとこちらへと視線を投げてきます。ですが、特に何も言うことはなく、何かを書いている書類に目を落としました。


「あの、校長先生もいますけど、いいんですか?」

「ええ。今後、またこういうことがあった時のために、校長先生が知っておくのも悪くはないでしょう」


 けれど校長先生は聞く気がないような……。あ、手の動きが止まっています。微妙にこちらへと目が向いています。どうやら仕事をしつつもしっかりと耳を傾けているようです。すごいですけど、仕事してください。


「それじゃあ、まずは巫女がやるべきことだけど……。これは何か、聞いてる?」

「やるべきこと、ですか? かんな様からは、社の掃除と話し相手とだけ言われています」


 他にもできることがあるのなら喜んでやるのですけど。期待に胸が高鳴ってきたのですが、先輩は、間違い無いわね、と頷きました。正直、拍子抜けです。


「昔はお祭りごとに舞とか儀式とかあったらしいけど、もう誰も覚えてないのよね。かんな様が必要ないと言われてから、少しずつ縮小されて、いつの間にか忘れ去られてしまったのよ」

「もったいないですね……。私も何かやってみたかったです」

「そうね。昔の資料を探せば、もしかしたら何か書いてあるかもしれないけれど」


 それはいいことを聞きました。時間があれば探してみましょう。


「あとは、そうね……。今までの巫女は引き継ぎの時に何をやっていたのか全て聞いて、そこから自分ができることを選んでやっていたのだけど……。これは、必要ないわね」

「え? でも……」


 巫女の人が何をしていたのかだけでも聞きたいのですが。それさえ分かれば、私にも他に何かできるかもしれません。ですが、先輩は優しく微笑み、言います。


「校長先生から聞いたけれど、神谷さんは毎日おにぎりを作ってきているんでしょう?」

「はい。かんな様が好きらしいので、作るようにしています」

「つまりはそういうことよ」

「はい?」


 まったくもって意味が分かりません。つまり、どういうことでしょうか。意味が分からずに私が首を傾げていると、先輩は笑みを深くしました。


「かんな様が喜びそうなことをそれぞれ考えてやるだけ。私を含む今までの巫女はそれしか考えてなかったわ。過去の巫女のやり方を真似する必要はないから、聞く必要はないわよ」


 なるほど、と納得しました。ただそれでも、話だけでも聞いておきたかったというのが本音です。今後の参考になるかもしれませんし。ですが、先輩に話すつもりがないみたいだったので、次の話を待ちました。


「次に、巫女がやってはいけないことだけど……」


 これはしっかりと聞いておかないといけません。私は禁止されていることを何一つとして聞いていません。初めて聞くことになります。


「まず一つ目。かんな様からも言われていると思うけど、できるだけクラスメイトを含む生徒に、自分が巫女だということをばれないようにする。余計なトラブルを避けるため、ね」

「聞きましたけど、トラブルがあったんですか?」


 私がそう聞くと、先輩の顔が曇りました。どうやら話を聞いただけではなく、先輩は何かトラブルに巻き込まれたことがあるようです。先輩はしばらく難しい表情をしていましたが、まあいいか、と話をしてくれます。


「私の時のことだから、あくまで参考程度にしてほしいのだけど……。私が巫女だと知った男子が、かんな様に会わせろってしつこく言ってきたことがあったわ。無下に断るのもなんだから、とりあえず話を聞いてみたら、欲しいものがあってそれをかんな様に頼みたいって。ただの趣味のものね」


 何なんでしょうか、その人は。かんな様は子供を助けて、守ってくれる神様ですが、欲望を叶えてくれる神様ではありません。先輩も、その男子にはそのように伝えたそうです。けれど、それでもしつこく、それこそストーカーとも思えてしまうほどに食い下がってきたそうで、結局先生や親を巻き込んで大きな問題になったそうです。


「まあ、私の時の話は極端な例だけど、今後もないとは言い切れないから。だから、できるだけ隠しておきなさい。特にあなたは、今はたった一人の巫女だから、上級生から何か言われかねないからね」

「あー……。そうですよね。気をつけます」

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