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「神谷さん。他の巫女がどう言うかは分からないけれど、私はあなたの考え、とてもいいと思うわ。私も最初から吹っ切れて、その選択ができれば良かったのだけどね」
それでも、と先輩が笑顔を浮かべました。
「私はかんな様の巫女であったことに、誇りを持ってる。一時でもかんな様と関われて、本当に良かったと思っているわ。できれば、もう一度、ちゃんと会って話をしたいぐらいには」
もう叶わない願いだけど、と先輩は笑いながら、手を振って帰っていきました。
随分とあっさりとしたお別れです。ルールの説明だけだったので、こんなものかもしれませんが。
「えっと……。帰りましょうか。かんな様」
振り返ってそう言うと、じっとこちらを見つめてくるかんな様と目が合いました。私が首を傾げると、かんな様は何でもないと首を振ります。何も言わずに、元来た方へと歩き始めます。私も慌ててそれを追いました。
「巫女があんなことを考えていたなんて、思わなかった」
社へと戻りながら、かんな様が口を開きます。
「そうですね。……あ、そうだ、かんな様! 私が邪魔だったのなら言ってくださいよ! 私がいない方が探し物が早く見つかるってどういうことですか!」
「あー……。うん。でも一緒にいてくれると、嬉しい、よ?」
「わーい。すっごい棒読みだー」
なんだかものすごく気を遣われました。いいんだいいんだ、私は好きなようにやるだけだから。
「ん……。嘘じゃ、ないけど……」
「はい? 何か言いました?」
「ん。何でも無い」
かんな様は小さく首を振ると、どうしてか急ぎ始めました。なんだかそれは、照れているような気がしますが……。さすがに気のせいでしょう。
引き継ぎをしてからも、私はいつも通りに過ごしています。朝早くに起床して、おにぎりを用意して、学校へ。社を掃除してかんな様とおしゃべり。その毎日です。夏休みということで授業がないので、人が来ない限りはここで宿題とかもしています。分からないところはかんな様が教えてくれるので、至れり尽くせりです。
今日も暑さに辟易しながら宿題をしていたのですが、お昼前になってかんな様が思い出したように言いました。
「さつき。今日の夕方、時間ある?」
「夕方ですか? 大丈夫ですけど……。お願い事ですか?」
そう聞きはしましたけど、違うことは分かっています。最近ここに来てお願いをしていく子供たちのその内容は、お願い事というよりも必勝祈願に近いものです。試合に勝てますように、とかですね。当然ながらかんな様も干渉できません。
そういったお願い事の時は、かんな様はその人の目の前で、がんばれ、と応援しています。その声が届くことはないのですが、気持ちだけでも、ということでした。
「そうじゃなくて、私の個人的な用事」
一瞬、思考が停止しました。言い訳をさせてください。だって、個人的な用事と言われたのは初めてなんです。外出する時は大半がお願い事が関係する時で、それ以外は私が誘った時だけです。一体、何の用事なのでしょうか。
「それは、私も同行していいんですか?」
「ん。さつきにも関係することだから」
私が関係する、かんな様の個人的な用事。思い浮かびません。ですが、一緒に行けば、自ずと分かることでしょう。大丈夫ですと私が頷くと、かんな様はありがと、と短く礼を言ってくれました。お礼を言われるようなことではないのですが。
どこに行くのか少し気になりながら、勉強をして、かんな様と雑談をして過ごしつつ、時間を待ちます。そして夕方の三時頃になってから、かんな様がおもむろに立ち上がりました。
「ん……。そろそろ、行こう」
手早く荷物を片付けて、私はかんな様の後に続きます。
校門を出て、ゆっくりと道を歩いて行きます。大きな道に出て、行き交う車を眺めながら、足を止めることなく歩き続けます。目的地はやっぱりあるみたいで、その足取りが止まることはありません。
そうしてしばらく歩き続け、やがてたどり着いたのは大きな建物でした。十階建ての建物で、敷地がとても広い施設。この町の病院。どうしてこんなところに、と考えている間に、かんな様は中へと入ってしまっています。
「面会の受付、しておいて」
「あ、はい」
大きなホールを通って、受付に向かいます。ここの病院では、面会の時は必ず受け付けで名前を書かないといけません。名前と連絡先さえ書けば大丈夫です。
書き終わった後はかんな様と一緒に病院の廊下を歩きます。エレベーターで、七階へ。ここまで来ると、かんな様が誰かのお見舞いに来たことは容易に察しがつきます。おそらくは、昔の巫女だろうということも。どんな人なのでしょうか。
どこの病室か知っているのか、かんな様は迷いなく歩いて行きます。私は、少しだけ懐かしく思いながらついて行きます。まだ足が不自由だった頃、よくお世話になっていた場所です。
やがて、廊下の突き当たりの病室にたどり着きました。個室のようで、一人の名前しか書かれていません。かんな様はその扉をしばらく見つめた後、私へと振り返ってきました。
「ここまでありがとう。あとは私一人でいい」
「一緒に行きます」
ここで帰れ、というのはひどいと思います。ちょっとだけ不機嫌そうに言ってみると、かんな様は何度か目を瞬かせ、まあいいけど、と小さく声を漏らしました。
「じゃあ、開けて」
「はい」
スライド式のドアをノックすると、すぐにどうぞ、という声が返ってきました。そっとドアを開けて、かんな様と一緒に中に入ります。
白いベッドといくつかの家具があるだけの、よくある病院の個室です。ベッドの側のいすに座っているのは、お母さんと同年代ぐらいの中年の女性。こちらを見て、怪訝そうに首を傾げています。ベッドには、白髪のおばあさんが横になって、こちらに視線だけ向けていました。その目は優しげに細められています。
「えっと、どちら様?」
女性が言って、私は言葉に詰まってしまいました。巫女です、とは言えません。私が悩んでいると、意外なところから助け船がありました。
「その子は私の客だね。すまないけど、ちょっと席を外してもらえるかい?」
ベッドのおばあさんがそう言いました。女性は少し目を見開き、こちらを凝視してきます。なんだか、さっきまでの視線とはちょっと違って、少し怖いです。
「それじゃあ、この子が……。へえ……」
女性は何かに納得したように何度か頷いて、それじゃあ、と席を立ちました。
「一時間ほどで戻りますね」
「あいよ。悪いね」
「いえいえ」
短く言葉を交わして、女性はこちらへと歩いてきます。
「ごゆっくり」
優しく微笑みながらそう言ってくれました。
女性が退室するのを待ってから、私はベッドへと歩いて行きます。もちろん、かんな様も一緒です。ベッドの横に立つと、おばあさんは私の顔をじっと見つめてきました。
「あんた、巫女だね?」
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