こどものかみさま、かんなさま
龍翠
プロローグ
彼女のエピローグ
小さな林にぽつんと建っている、これもまた小さな社。人が住むことなど想定していないその社は、大きめのロッカー程度の大きさしかない。小さな社ではあるが、放置はされておらず、常に掃除されていることは一目で分かる。
その社の前に、一人の少女が佇んでいた。淡い桃色の着物の少女で、髪や瞳は日本人と同じ黒だ。髪は長めで、肩よりも少し長めのセミロング。
その少女はじっと社を見つめている。何をするでもなく、じっと。
少女がそうしていると、何度か制服姿の少年や少女が訪れた。少年少女の胸には花の飾り。今日、この中学校を卒業した者たちだ。
そう。この社は、そして社のある小さな林は中学校の敷地にある。何人かの学生はこの社を訪れ、卒業の報告に来てくれている。少女にとってそれはとても嬉しいことだ。例え、誰も少女に話しかけなかったとしても。
社へと報告していく誰もが少女には一瞥もくれない。少女の存在に気づきもしない。それもそのはずだ。
なぜなら、少女はかみさまなのだから。
小さなかみさまは無表情で、しかし心の中で祝福しながら、学生たちを見送っていく。彼らがもう来なくなってしまうことに寂しさを覚えるが、しかし喜ばしいことだ。新たな門出。新たな旅立ち。自分の加護はもう与えられないが、せめて祝福だけはさせてもらおう。
そうして見送り続け、やがて日が沈む。辺りが暗くなってきたところで、
「……きたね」
セーラー服の少女。こちらも卒業生を示す花の飾り。その卒業生は、かみさまを見て、微笑んだ。
「挨拶に来ました。かんな様」
かんなと呼ばれたかみさまは頷く。相変わらずの無表情だが、卒業生の少女はその無表情に様々な感情が込められていることを知っている。そしてそれは、瞳を見れば分かることも。
「新しい巫女は見つかりそうですか?」
少女の問いに、かみさまは何も言わず肩をすくめた。
巫女とは、この学校ではかみさまである自分に仕える者のことを言う。仕えると言っても、常にかみさまと一緒にいなければならない、というわけでもなく、放課後などの暇な時間に話し相手になってもらえればそれでいい、という程度のものだ。
毎年、新入生から一人選ばれ、選ばれた者だけがかみさまの姿を見ることができるようになる。今、目の前にいる卒業生の少女もその一人だ。
だが去年、一昨年と選んだ者には、巫女になることを拒まれてしまった。一年につき一人しか選ぶことができないため、残っている巫女はこの卒業生の少女一人ということになる。卒業後、学校の敷地を出ると巫女の力は失われてしまうため、もうすぐかみさまを見ることができる人はいなくなってしまう。
たった一人。それはとても、寂しいことだ。
「かんな様……」
気遣わしげな少女の声に、かみさまは苦笑して首を振った。
「だいじょうぶ。気にしなくていい」
「はい……」
「家族、待ってるでしょ? もう行きなさい」
「はい……」
この少女の両親が今日のために仕事を休み、夕食に行くことになっていることをかみさまは知っている。他でもないこの少女が嬉しそうに話してくれたことがあったためだ。自分の都合で、その楽しみを奪ってしまうことはしてはならない。
「かんな様……。今まで、ありがとうございました」
卒業生の、巫女の少女が頭を下げる。かみさまは、かんなは頷いて、
「こちらこそ、ありがとう。三年間、楽しかった。大人になってもがんばって」
この先は、たとえ元巫女であろうとも加護を与えることはできない。それでも、願うことはできる。子供たちの幸多き未来を。
巫女の少女はもう一度深く頭を下げて、その場を後にした。
そうして残されるのはかみさま一人。誰もおらず、静かな時間が流れていく。かみさまはその場に座ると、小さくため息をついた。
ああ、退屈だ、と。
寂しさを紛らわせるための言葉なのだが、孤独感が増しただけだった。
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