第三話 巫女、かみさまとお出かけをする

3-1

 私がかんな様の巫女になってから一ヶ月近く経ちました。もうすぐゴールデンウィークです。大型連休です。この学校はゴールデンウィーク前の土曜から後の日曜までがお休みとなります。つまりはカレンダーで黒い日でもお休みです。ただしその分、夏休みが数日減っているそうですが。

 せっかくの連休ですが、私は特にやりたいことがあるわけでもなく。お父さんは連休中でも仕事なので、旅行の予定もありません。だからとても暇です。

 ゴールデンウィーク前日の放課後にかんな様にそう伝えると、


「ん。で、私にどうしろと?」


 不思議そう、というよりは不可解そうに顔をしかめていました。私はそれに、用意していた言葉で答えました。


「お出かけしませんか?」


 この一ヶ月近く、巫女としてかんな様と一緒にいましたが、何かしらのお願い事がない限り、かんな様はここを動きません、常にこの社の前にいます。神様に健康とかそういったものがあるかは分かりませんが、やはり太陽の下で少しでも歩いた方がいいと思います。

 私がそういった内容を力説すると、聞き終えたかんな様は少し驚いているようでしたが、すぐに自嘲のような笑顔を浮かべて、必要ないと首を振りました。


「外に行ってもやることなんてない。だから、必要ない」

「えー……。かんな様は本がお好きですよね? 本屋さんとか、行きません?」

「む……」


 かんな様の表情が少しだけ動きました。これは、少しだけですが興味があるのかもしれません。チャンスです。


「そうです! 本屋さんです! たくさんの本があります!」

「んー……」

「カバーのついていない本でしたら立ち読み自由のお店ですよ! どうですか?」

「ん……。立ち読みは、問題ある」


 かんな様の顔が急に曇りました。問題と言われても私には思い浮かびません。立ち読み禁止のお店ならともかく、私が案内しようと思っているお店は店長さんが許可を出しているお店です。ただし、一時間までという制限はありますが。私が首を傾げていると、かんな様が呆れたような視線を向けてきました。


「さつき。普通に私と話をしているせいで、忘れているのかもしれないけれど」

「はい?」

「私は、他の人から見えない」

「はい」

「私が立ち読みをする」

「うん」

「本が浮いているように見える」

「…………。あ」


 なるほど理解しました。それは確かに問題です。ちょっとした、どころか明確な心霊現象です。大騒ぎ間違いなしでしょう。かんな様とお出かけする計画で頭がいっぱいで、そのことを考えていませんでした。自分が情けない……。


「で、でしたら、そうですね……」


 考える。考える。これを逃したら、かんな様と一緒にお出かけする計画がなくなってしまう。うんうんと考えて、私はぽんと手を打ちました。


「じゃあ、かんな様が読みたい本を選んでください。私もそれを読みますので、一緒に読みましょう。それなら大丈夫だと思います」


 さあ、どうでしょうか。期待と緊張でどきどきしながらかんな様の返答を待ちます。かんな様は少し考えているようでしたが、仕方ないといった様子で頷きました。


「気は進まないけど、さつきはどうしても私を連れ出したいみたいだし、今回は付き合ってあげる」

「やった! ありがとうございます!」


 ついにかんな様から約束を取り付けました。思わず舞い上がりそうになる私に、かんな様の静かな声が降りました。


「お金は大丈夫?」

「はい? お金ですか?」

「ん。生殺し?」


 言葉の少ないかんな様が言いたいことを考えます。かんな様の立場になって考えてみましょう。本屋さんに行きます。本を読みます。一時間ほどで帰ります。……あれ? 一時間だと読み終わらない、かも……?


「まあ、いいけど。図書館でお願いしてもらえばいいし」


 神様はいつもの無表情ですが、その声音から少し拗ねているような気がします。私もようやく思い至りました。楽しんで読んでいたら時間になって途中で中断。私たちなら買えばいいですが、かんな様はそんなことできるはずもなく。つまりは途中で切ってしまうという状態。しかも周囲には新しい本がたくさん。うん、まさに生殺しですね。


「ちょ、ちょっとお母さんに相談を……」


 千円ぐらい、お小遣いをもらえないかな……? 私の頬が引きつっているのに気づいたのか、かんな様は小さく肩をすくめました。


「校長に経緯を話せば、もらえるはず」

「はい? 校長先生、ですか?」

「ん。この学校、私のためのお金として毎年お金が入ってるはず。どこからかとか、そういった詳しいことは私は知らないけど、図書館の私の本はそのお金で支払われてるから。ちょっとぐらい、わけてもらえるかも」

「へえ! それは知りませんでした! じゃあちょっと行ってきますね!」


 確かにあれだけの本をどうやって買っているのかと思っていましたが、まさかそんなお金があるとは思いませんでした。早速校長先生に相談しに行くとします。私が走り出すと、


「いってらっしゃい」


 かんな様が小さく手を振ってくれていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る