6-6
どれぐらいそうしていたでしょうか。そろそろのぼせそうになってきたので、私は先に出ることにしました。
「かんな様はどうします?」
「ん……。出る」
一緒に脱衣所に戻ります。私が体を拭いて制服に着替えている間に、かんな様はいつの間にかいつもの着物を着ていました。残念ながら無表情に戻ってしまっていますが、それでも機嫌が良いのはすぐに分かります。
自動販売機で牛乳を二つ買って、かんな様と一緒に飲みながら部屋に戻ります。やっぱりお風呂上がりは牛乳です。かんな様には同意してもらえませんでしたけど。
「かんな様。楽しかったですか?」
みんなの前では聞きにくいので今のうちに聞いておきましょう。私がそう聞くと、かんな様はすぐに頷いてくれました。
「ん。楽しかった。満足してる」
「あはは。それは良かったです」
かんな様のいい思い出になったのならいいのですけど。できれば、私が巫女じゃなくなっても、いずれいなくなっても、忘れないでいてほしいですから。
「ん。心配しなくても、忘れない」
どうやら口に出ていたようです。かんな様は立ち止まると私のことをじっと見つめて、
「むしろ特徴的な巫女だから忘れられない」
「あれ? 馬鹿にされたような気がする……?」
「気のせい気のせい」
小さく笑いながら、かんな様は先に歩き始めました。私はそれを、呆然と見ていました。
かんな様の笑い声。小さいながらも、はっきりと聞けることなんてほとんどないものです。私も何となく嬉しくなりながら、かんな様の横に並びました
帰りのバスの中。相変わらず視線を感じます。それでも、話しかけてくる人はいません。
「かんな様。こちらもどうぞ」
「ん……。クッキー?」
「はい。余り物ですけど」
許可されている範囲で持ち込んだものの、結局食べなかったお菓子をかんな様と一緒に食べています。一緒に、といってもほとんどかんな様が食べているのですけど。
「ん。美味しい」
ぽりぽりと、かんな様がクッキーをかじっています。
「途中で消えてる……。こうなるのか……」
周囲から聞こえてきた小さな声。周りからはやはり食べ物が途中で消えていくように見えるようです。普段なら慌てるところですけど、もう今更なので特に気にはしません。
「神谷さん。これもどう?」
クラスメイトのみんながお菓子を渡してきます。ちょっと量が多くなってきました。かんな様を見ると、少しだけ呆れているのが分かります。けれど、それと同じくらい嬉しそうでもありました。
「もらっていいならもらうけど、後悔しない?」
かんな様がそう言うので、その言葉をそのまま伝えます。すると誰もが笑って頷きました。
「こうしてかんな様と少しでもふれあえただけで十分です!」
とのことらしいです。かんな様は何か言いたそうにしていましたが、結局それ以上は何も言いませんでした。
かんな様とお菓子を食べながら、私は時折通訳のように会話をしつつ、バスは特に何事もなく学校に帰り着きました。
冬休みに入りました。しっかりと厚着をして、私はいつものように社を掃除しています。
あの合宿の後、社には時折お菓子がお供えされるようになりました。私のクラスメイトだけでなく、どうやら話を聞いた先生も時折お供えしているようです。今日もかんな様はお供えされていた小さいグミを食べています。
「私は決してお菓子が好きというわけではないんだけど」
「あはは……」
そう言いながらもかんな様はお菓子を食べ続けます。
「ところでかんな様。こんなものを見つけました」
お菓子を食べているところ申し訳ないなと思いながらも、私は古いノートをかんな様に渡しました。このノートは図書室の隣にある資料室にあったもので、昔の巫女が残したものです。かんな様との交流日誌と書かれていました。
かんな様はそれを見て、少し目を細めました。まるで遠い昔を懐かしむかのように。かんな様はグミをわきに置くと、ノートを見ながら言います。
「懐かしいものを見つけてきたね」
「あ、じゃあかんな様はこのノートを知ってるんですね」
「ん……。見せてもらったことがある。卒業の時に持って帰ったと思ってたんだけど、学校に残してたんだね」
見せて、とかんな様が手を差し出してくるので、ノートを渡しました。開いて読み始めるかんな様の顔は、悲しみと懐かしさ、それに嬉しさがまぜこぜになっているような表情です。いえ無表情ですけど、雰囲気が、です。
ぱらぱらと一通り読み終えたかんな様はノートを私に返してくれました。
「いいんですか?」
「ん? 私が持っていても仕方がない。それで、そのノートがどうしたの?」
「そうでした! ここですここ!」
私が開いたページには、あることが書かれています。それは、昔行っていたという儀式のようなものでした。とても大切な儀式のようなことが書かれているのですが、
「ん? ああ、なんかやってたね。遊びの延長みたいなものだと思ってたけど」
かんな様にとってはその程度の認識だったようです。
ノートに書かれていたのは、年越しの儀式です。社に巫女が集まって、かんな様と一緒に過ごすのだとか。当時は他の神社にあるような出店が学校の周辺にたくさん集まっていたそうです。年越しの後は町の人がかんな様に挨拶をしようとお参りをしているため、自然とそうなったのだとか。
「かんな様! これしたいです!」
「ん……。集まるといっても、巫女はさつきしかいない」
それは分かっています。ですが、どうせ遊びの延長なら、少しぐらい変えてもいいでしょう。
「他の人にも来てもらいましょう。叶恵なら誘えば来そうですし、校長先生も声をかけたら来てくれるかもしれません。そうだ、せっかくだから出店とかもお願いしちゃいましょう!」
そこまで話して、私は言葉を止めました。ここまでは私の勝手な計画です。かんな様が反対するなら、やらないつもりでありました。かんな様の様子を窺うと、少し考えるように顔を伏せていましたが、
「ん。いいよ。やろうか」
そういうことになりました。
「ただし、分かっていると思うけど、私は手伝えない。ちゃんと自分でがんばること」
「はい! 任せてください! ありがとうございます!」
かんな様は私の我が儘に付き合ってくれるみたいです。やっぱり、私の神様はとっても優しい神様です。かんな様も楽しめるように、しっかりと私が準備しないといけません。
「ふふ……。がんばれ」
かんな様の小さな笑い声が聞こえたような気がしましたけど、いつもの無表情でした。気のせい、でしょうか。
とにかく、年越しの準備です。がんばらないと!
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