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「そんなこと言われたら、断れないじゃないですか」


 足については、もう諦めていた。一生このままだと思っていた。それを治してもらえるというのだ。そんな大恩を受けるのに、巫女になることを断ることなんてできない。


「私で良ければ、かんな様に精一杯尽くしたいと思います」

「ん。そこまで気負わなくてもいいけど、じゃあ、よろしくね」


 かんなは無表情に、しかし嬉しそうな声音でそう言うと、ぱん、と手を叩いた。

 その瞬間、音が戻ってきた。


「わ……」


 突然だったので驚きに小さな声を上げる。同時に、足に違和感を覚えた。そう。違和感だ。


「神谷さん? どうしたの?」


 先輩が不思議そうに訪ねてくる。さつきは手で足に触れながら、小さく首を振った。

 かんなに、先ほどのことを話して良いとは聞いていない。だから、一先ずは黙っておく。先生だけに相談した方がいいだろう。


「何でもありません」

「そう? それならいいけど……」


 先輩は不思議そうにしながらも、追求はしてこなかった。




 それから半年。その間に、担任の先生に報告すると、大慌てで中学校へとまた連れて行かれ、中学校の校長先生と会うことになった。校長先生からは、入学式の日に断ることもできるから、今一度よく考えるように言われた。ただ、できれば受けてほしい、という思いは伝わってきた。

 足は、本当に動かせるようになっていた。そのことには両親がとても驚き、そのまま病院へと連れて行かれる。この町の病院に行った結果、聞かれたことが一つ。


「かんな様かい?」


 説明の手間が省けた。とても便利だ。両親には医者が懇切丁寧に説明してくれていたが、ずっと半信半疑といった様子だった。だがさつきの足が動くようになったのは事実なので、休みの日に一緒に社までお饅頭をお供えしに行った。かんなは喜んでくれただろうか。




 そして今。さつきの目の前には、かんなの社がある。さつきが社を見つめてしばらく待っていると、声が聞こえてきた。


『巫女に、なってくれる?』


 短い問いかけ。その声は、どこか緊張で震えているようだ。かんなは小さく苦笑しながら、はい、と頷いた。


「もちろんです。私はかんな様の巫女になります」


 そう言った瞬間、一瞬だけ視界が白くなった。そして気が付けば、社の前には以前見た時と同じ姿のかんなが立っていた。


「ありがとう、さつき。よろしく」


 かんなが無表情のまま言う。だがその声音はとても嬉しそうだ。


「はい。よろしくお願いします、かんな様」


 さつきも嬉しくなって笑顔になり、頭を下げた。


「それで、私は何をすればいいでしょうか?」


 実のところ、さつきは今までの巫女が何をしてきたのか、詳しくは知らない。いや、校長先生から軽く聞きはしたのだが、どうやら巫女によって大きく違っているようで、毎朝と放課後に社やその周辺を掃除する巫女もいれば、本当にかんなとの会話しかしなかった巫女もいるらしい。校長先生もどこまでがかんな様の希望か分からない、とのことだったので、直接聞いた方がいいだろうということに落ち着いた。

 問われたかんなは不思議そうに首を傾げた。


「最初に言った」

「え? えっと……。ごめんなさい。もう一度だけ……」

「放課後に私とお話してくれたらいい。それで十分」


 本当にそれだけでいいのか、と思わずさつきは目を丸くした。巫女と呼ばれるほどなのだから、何かしらの儀式もしなければならないと思っていた。正直にそう言うと、かんなの目が少しだけ寂しげに細められた。


「最初の頃はそれもあった」

「そうなんですか?」

「うん。でもあまりやることが多いと巫女になりたくないって人も増えてきて、今はもう最低限、放課後のお話だけで我慢してる」


 我慢、ということはやはりかんなとしては他にもやってほしいことがあるらしい。それなら、是非とも全て言ってほしい。校長先生から聞いたところによると去年も一昨年も巫女は選ばれなかったそうなので、今の巫女はさつきだけということだ。ならさつきが頑張ったところで、他の巫女に迷惑をかけるということもないだろう。


「遠慮せずに言ってください。かんな様のためなら何だってやります! 儀式とかも、教えてくれればやりますよ!」

「ん……。ありがとう。嬉しい。でも儀式は無理」

「え? どうしてですか?」

「私が覚えてない」


 予想外の理由だった。儀式というからにはとても大事なことだと思ったのだが。しかしその予想にかんなは首を振った。


「いつの間にか町の人が勝手にやってただけで、私は関与していない。意味のないことだった。多分、他の場所の何かを参考にしただけ」

「そ、そうですか……」


 あまり聞きたくなかった裏話だな、とさつきは引きつった笑みを浮かべた。かんなが続ける。


「そこまで言ってくれるなら、もう少し、お願いしていい?」


 どうやら要望はあるらしい。もちろんです、とさつきは笑顔で頷いた。

「できれば、週に一回程度、掃除とかしてほしい。あと、たまにでいいから、何か本を持ってきて。本なら何でもいい」

「はい! 他には?」

「終わり。あとはそうだね、自分の勉強を疎かにしないように、自分のために時間を使ってほしい」


 神様の要望というわりには控えめに思えてしまう。足を治してもらった恩があるので、まだまださつきとしてはかんなに尽くしたいと思っている。だが確かにさつきは学生であり、勉強を疎かにするわけにもいかない。


「分かりました。気を遣ってくれて、ありがとうございます」

「ん……。じゃあ、早速だけと、入学式まで少しお話、いい?」

「もちろんです!」


 その後はかんなに聞かれるままに、自分のことを話した。今までどこで暮らしていたか、どのように生活していたか、などだ。拙いさつきの説明を、かんなは真剣な表情で聞いていた。

 その後、入学式の開始間際になって校長先生が呼びに来るまで、ずっとかんなと話していた。




 さつきが入学した中学校の校舎は二つある。西棟と東棟だ。西棟には音楽室や家庭科室など、移動が必要な教室が集まっており、東棟はそれぞれのクラスの教室が集まっている。さつきのクラス、一年二組の教室も東棟の一階だった。ちなみにかんなの社のある林は西棟の隣、体育館のさらに向こう側だ

 クラスの生徒の人数は三十人で、女子の方が十六人と少しだけ多い。席は担任の教師が決めているようで、さつきの席は通路側の列の中程だった。


 今は入学式から戻ってきたところで、先生を待っているところだ。早くかんな様のところに戻りたいな、と考えながら、さつきは大きく欠伸をした。早起きをしたためか、少し眠い。先生が来るまで時間があるなら、少し寝たいと思ってしまう。

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