1-4

 いきなりのカミングアウトだ。秘密にするつもりだったさつきはぎょっとしつつ、先生の反応を窺う。批判的な言葉が来るかもしれない、と。だが。


「ほう! 今年は無事に巫女が決まったのですな! いやあ、良かった良かった!」

「これでかんな様が寂しがらずにすみますね。去年卒業した巫女の子が心配していたので、連絡しておきましょう」

「神谷さん、かんな様と仲良くしてあげてくれよ」


 批判的な言葉は一つもなく。むしろ誰もが好意的に受け取っていた。呆然としてしまうさつきに、島崎先生が言った。


「ここの学校の教師は最初にかんな様と引き合わされる。だから、かんな様の存在を疑っている教師なんて一人もいないよ。今後、何かあれば先生に相談しなさい。ここにいる先生全員が神谷に協力すると約束しよう」

「えっと……。ありがとう、ございます……?」


 未だ戸惑いながらも、さつきは深く頭を下げた。




 今日の朝にかんなと話をした時、かんなに言われたことがある。巫女になったことは、内緒にしておいた方がいい、と。元より言いふらすつもりなどなく、今も片手の指で数えられる人数にしか教えていないのだが、かんなにそう言われるとは思っていなかった。今回の担任には話しておこうと思っていたのだが。


「どうしてですか?」


 さつきが問えば、かんなは無表情のまま答えてくれる。


「人は自分とは違うものを排除する傾向にある。というのが建前」

「はあ……。建前ですか?」

「うん。実際は人間関係の問題。今までも、巫女になった子が変な嫉妬や嫌がらせを受けたりしたことがあった。自分が巫女になりたかったのに、とかだね。その逆もある」

「その逆?」

「そう。最近の子は勉強が大変みたいだから。私に関わるとろくなことにならない、とでも思われているのか、親友が離れていったって寂しそうに言われたことがある。あの時はちょっと辛かった」


 本人は笑っていたけど、と言うかんなの表情は、変わっていないはずなのに辛そうに見えた。かんながいつからここで神様をしているのか分からないが、きっと大勢の人を見てきたのだろう。今までの巫女を取り巻く環境もずっと見てきたはずだ。だからこその、かんななりのアドバイス、ということか。

 言いふらすようなことをするつもりはなかったが、やはりできるだけ黙っておいた方がいいらしい。さつきは頷いて言う。


「分かりました。私からは口にしません」

「うん。もし何かあったら、いつでも相談して。遠慮はしなくていいからね」


 やはりかんなはとても優しい神様だ。その時はお願いします、と頭を下げた。




 職員室での話をかんなに伝えると、かんなは少しだけ驚いたように、わずかに目を丸くした。


「ふうん……。良かったね。私としても予想外だけど、先生に協力してもらえるのは大きい」

「はい。これでこちらに専念できます!」


 小さく拳を作ってさつきが言うと、かんなは首を振った。


「そこまでしなくていいから。あまり気負わなくていいよ。勉強がんばらないと」

「だめです! 恩返しはしっかりとさせていただきます!」

「恩に着せるつもりはなかったんだけど……」


 かんなの声に呆れの色が混じる。だがこれについてはさつきも言わせてほしい。そう思うなら、足を治した時に交換条件のように言わなければ良かったのに、と。たださつきとしても責めるつもりはなく、かんなに感謝していて恩返しをしたいというのは嘘偽りない本音だ。

 それをしっかりと全て伝えると、かんなはそっぽを向いてしまった。


「まあ……。無理をしない程度で、いいから」


 もしかすると照れているのかもしれない。小さなかみさまに不思議な親近感を覚えて、さつきは自然と頬が緩んでいた。



 これは、巫女になった少女と子供を見守るかみさまの、少し非日常な日常のお話。

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