第二話 巫女、かみさまを手伝う
2-1
唐突に、音楽が耳に届きました。朝のスマホのアラームです。私はほとんど無意識にではありますが、枕元で鳴り響くスマホに触れて音を止めます。今の音楽は一度目のアラーム音。つまりはあと五分、二度寝ができる!
ただそう思っていると時間が経つのはあっという間で、すぐに二度目のアラームが鳴りました。起床の時間です。二度寝ならぬ三度寝の誘惑が私を襲いますが、それに負けたことは中学生になってからはありません。
もう一度音楽を止めて、ぐっと伸びをします。ちなみにお父さんはこの朝の伸びをすると体のあっちこっちの骨が鳴るそうです。母曰く、それはもうすごい音なんだとか。私もいずれそうなったりするのでしょうか。
そんなことを考えながら部屋を見回します。勉強のための机と本棚、タンス、そしてこのベッドがあるだけの部屋です。テレビなどはありませんが、勉強机にはノートパソコンがあります。
窓の外はまだ暗いままです。スマホに表示されている時間は朝の四時。しっかりといつもの時間に起きられました。手早く制服に着替えて、私は自分の部屋の向かい側に向かいます。そこがリビングです。
お母さんの起床が五時のため、まだ誰も起きていません。私はリビングの隣のキッチンに立って、さて、と考えます。朝ご飯を作るのは私の仕事です。もっとも、おにぎりを作るだけですが。焼き魚? 味噌汁? 無理無理。
炊飯器を開けると、タイマー通りにご飯が炊きあがっていました。いい香りです。たしか鮭そぼろの缶詰があったはずなので、それを具にするとしましょう。
一つ一つ丁寧に。真心込めて。真心は最も大切な調味料です。意味は分かりませんが。真心込めてもまずいものはまずい。自分の料理で経験済みです。
二十個のおにぎりを作り終えて、そのうち十個をお皿に載せてリビングのテーブルに置いておきます。残り十個は、五個ずつ弁当箱に入れて、自室に戻ります。かばんの中に入れて、洗面所へ。しっかりと身だしなみを整えておきます。化粧はしません。なんとなく、神様に失礼な気がするから。友達の明日香にはもったいないと言われますが、別にもてたい願望とかは全くないので問題ありません。
髪型を整えて、準備完了! 時計を見ると四時半過ぎです。中学校はここから歩いて十五分程度。五時に着きたいので、まだ少し時間に余裕があります。
「さつき。起きてる?」
何をしようかなと考えていると、部屋の扉が開けられてお母さんが顔を覗かせました。少しふくよかで優しいお母さんです。ただし本人にふくよかなんて言おうものなら雷が落ちます。理不尽。
「起きてるよ。おにぎりはリビングにあるから」
「あら、いつもありがとう」
「まあ、ついでだしね。それよりどうしたの? いつもより早いけど」
私はいつも朝早くに学校に行くため、家族の誰にも挨拶せずに行くことになります。お母さんがこうして早めに起きてくる時は、私に何かしらの伝言がある時か、もしくは。
「これ、駅前で買ってきたのよ。かんな様に」
神様へのお供え物がある時です。
お母さんが持つ白いビニール袋にはあんこのおはぎが入っていました。数は四つ。かんな様はおはぎが大好物なのできっと喜んでくれるでしょう。
「ありがとう、お母さん」
「どういたしまして。かんな様によろしくね」
そう言ってお母さんは欠伸をしながら戻っていきます。きっと二度寝するのでしょう。私はお母さんを見送ってから、袋をかばんに入れました。
ほどよい時間になったので、私は玄関に向かいます。玄関には、もう使われなくなった折りたたみの車椅子があります。私はそれを一撫でしてから、学校へと向かいました。
少しずつ明るくなり始めている道をのんびりと歩き、五時少し前に学校にたどり着きました。門はまだ閉じていますが、私は正門から入るわけではありません。校舎から少し距離はありますが、裏門があります。そこは小さい林に直接繋がっている門で、この門の鍵を預けられています。
裏門の鍵を開けて、中に入ってまた鍵を閉めます。開けっ放しにはしないようにすること、と先生方から何度も言われています。
裏門の側には、南京錠をつけられたロッカーがあります。私以外の生徒はこの中に何が入っているのか知りません。学校の七不思議になってしまっているそうですが、実はただの掃除道具入れです。代々の巫女がずっと使い続けてきたものだそうです。
ちなみに七不思議は、夜にこのロッカーの前に立つと、帰れ、帰れと幼い女の子の声が聞こえてきて、それを無視して居座り続けるとロッカーに食べられてしまう、というものです。よくある七不思議ですが、この前半部分は実は本当にあることで、かんな様が早く帰るように諭しているだけとのことでした。
ちりとりと箒を持って林の中を進んでいきます。すぐに小さな社が見えてきました。その社の前には、座って本を読む神様の姿。今日もちっこくてかわいいです。
「おはようございます、かんな様」
「ん。おはよう。今とても失礼なこと考えなかった?」
「気のせいですよ」
私は笑いながら、掃除を始めます。掃除と言っても、落ちているものは落ち葉ぐらいのものです。ゴミはほとんどありません。この町の人は大人も子供も、信心深い人ばかりです。もっとも、かんな様限定のようですが。
「掃除なんて必要ないのに。どうせすぐに元に戻る」
「そういうわけにはいきません! 放っておくと、取り返しがつかないぐらいにひどいことになります!」
今はまだ落ち葉は少ないですが、秋になると忙しくなりそうでうす。今からそれを考えると、それだけで嫌になってきますね。
この朝のやり取りは毎朝恒例です。かんな様もそれ以上言うつもりはないのか、肩をすくめただけでした。
「かんな様。お母さんからおはぎを貰いました」
そう言った直後、かんな様が勢いよく顔を上げました。分かりやすいその反応に、私の頬は自然と緩んでしまいます。じっとかんな様がこちらを見つめてきますが、ここは心を鬼にしなければいけません。
「掃除が終わるまで待ってください」
私がそう言うと、渋々といった様子で頷きました。心がほっこりするのを感じながら、私は急いで掃除を始めました。
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