第9話 フラッシュバックと頼み事

 家から駅へ向かう途中、何度電柱にぶつかりそうになったかわからない。

 第一にまず眠い、ということもあるのだが……、しかしそれ以上に別のことが脳内を支配しているのが原因だ。


 考えないように、考えないようにしてはいるんだが、どうしても彼女の『心の声』を思い出してしまう。


 脳裏にこびりついた、妙に生々しい映像つきでの龍樹の妄想の発言がフラッシュバックするのだ。

 もうそれはさながら呪いのようであり、振り払おうにもできなかった。


 こんなときにテレパシーがはたらいてくれれば、もっとこう気が紛れたのかもしれないが、必要な時に限ってこの能力は役に立たない。


 そんなわけで悶々としてボーッとした思考のまま駅に辿り着く。


 くたびれたケースに入れてある定期を改札にかざし、ホームへと抜ける。

 そこはいつもと変わらぬ、俺のいつもの通学の光景だった。

 学生やサラリーマン、OLが次々にホームへ到着し、列をなす。


 俺もまたいつものに習って、改札から離れた乗り口へ向かおうと列を縫うように抜けていく。


 そしてその途中で、の姿があった。



「……龍樹さん?」

「…!あっ、い、五見さん…」


 周りの空気が整列されるみたいに凛とした雰囲気を醸し出す人間。

俺の記憶上、そんな奴は彼女しかいないと思って話しかけると、案の定であった。


 ベンチに腰掛けて、姿勢良くすらっと伸びる足を揃え、、それでいてどこかちんまりと背中を丸めながら彼女は座っている。


「ど、どうしてまだここに?結構前に家を出たと思うけど」

「えっとその…ですね、」


 声色が暗い。普段が明るいわけではないけど、それ以上に沈んだトーンだ。

 表情も顔色もどこか力無げである。


「その、フラッシュバック…してしまいまして」

「フラッシュバック?」


 馬鹿みたいに俺は、彼女の言葉をオウム返しした。


「その昨日、の、触られた…感覚とか、恐怖が沸き起こってしまって…」

「…あぁ」


 聞き返したことを後悔した。

 テレパシーが無いと、俺は本当に気が利かないな。


「我慢して乗り込んだんですけど、やっぱりしんどくて…、すぐ降りちゃって」

「乗りは、したんだ。ってことはこっちにまた戻ってきた…ってこと?」

「そ、そうです。えっとその…」


 彼女の視線が泳ぐ。

 また良くないことを聞いただろうか。

 油断するととすぐにノンデリを発動してしまう。

 気をつけてはいるんだけど…。



「その…、い、五見さんに、付き添って…というか一緒に学校に行って欲しくて…」

「…ん?」


 予想の30度斜め上くらいの回答が来た。

 いやまぁ、べつに回答を予想していたわけではないのだが。


「また昨日のようなことがあったらって考えたら怖くなってしまって……、ひとりは心細いんです」


 なるほど…。

 まぁそれは仕方ない…が、そこで俺が付き添うのはなんでだ?


「それに……。私…昨日のことより前から、いろいろあって男の人が苦手だったんです…。さらに言えば、人と接すること自体…といいますか」


 うん。

 まぁなんとなくそんな感じはしていた、コミュ障の波動を感じたもので。


「でも…なんというか、五見さん、は怖くないんです。理由とかはないんですけど、一緒にいて、全然不安じゃないというか……。むしろ安心感が……」


 …嬉しいような恥ずかしいような。

 男として見れないよという宣告にも感じられるが…、まぁここまで面と向かって言われて悪い気はしない。


「なるほどね。それなら仕方…ないよな」

「!、ということは」

「別に俺も今から行くわけだし断る理由もないよ」


 ありがとうございます、という彼女の声色にはいつもより少しの活気が宿っていた。もし心の声が聞こえたなら、喜色に満ちていただろうと推察できる。


「じゃあ、その行こうか。時間もないし」

「あっ、そうですね。すいませんが……よろしくお願いします」


 そう言うと龍樹は立ち上がり、俺と肩を並べてホームに立つ。そして程なくして電車が来ると乗り込み、いつも学校へのルートと同じ流れで駅を出発する。


 通学の電車内は相も変わらず学生やサラリーマンでいっぱいだ。

 そんな混雑する車内なもんだから、彼女は俺にぴたりと身を寄せてくる。


「……すいません五見さん」


 別にいいよ……と呟くだけでも吐息がかかってしまいそうな距離だ。


「っと、大丈夫?」


 ぐわんと車体が上下する。

 そのせいか、龍樹は電車の揺れに体をよろけさせるもんだから咄嗟に手を伸ばして支える。


「……あ、ありがとうございます……」


 お互いが至近距離で見つめ合う形になるが……まぁこれくらいなら気にしないだろう。満員電車だしな、うん。


 あ、待てよ。でもこんな気安く触ったら、昨日のやつと同じ痴漢やろうじゃないか?少し軽率すぎたか?


「いや、こっちもごめん。勝手に触って」

「い、いえ、そんなとんでもありませんっ。むしろ……、いや、助かりました」


 ヒソヒソとしどろもどろになる龍樹。

 やはり不快にさせてしまっただろうか。


「……五見さんは…どうして、昨日、助けてくださったんですか?」


 脈絡はおそらくない。

 動機か、それとも気づいた理由か?どちらにせよなんとも答えにくい質問が飛んできた。


 そりゃあテレパシーがあったからだよ!なんて馬鹿正直に言えるはずもない。

 かといって適当な理由をつけると、頭のいい彼女のことだから見破られそうではある。


 そうだな…。



「怯えた表情かおをしてたから…?」


「っ─────そうです、か」


 俺の答えを聞くと、彼女は尻すぼみになった返事をして、黙る。

 選択を誤ったか…?何がダメだった…?


 ひとりで反省会を開催するも、次の会話はもう訪れることはなく、目的地の駅に着いた。


 くそう、なんやかんやテレパシーがないと、俺はヤバいのかもしれんな…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る