第31話 中庭にて複数人


 

 久しぶりの学校で憂鬱な気分ではあったが、1〜4時限はまるで一瞬に過ぎたかのように感じられた。


 テレパシーが動いていないと疲労感の度合いが全く違う。くだらぬ妄想もピンクい妄想も全部聞こえなくなり、集中力が格段に上がるからだろうか。


 にしても、あまりに時間が過ぎていくので、連中の誰かが時間操作でもしているのではないかと疑ってしまう。


 まぁ少なくとも俺が逃げるまででは、そんなことできる奴居なかったけど。みんな俺みたいに、どこか不完全だったしな。



 しかし、いつもなら昼休みになったことを喜び、昼食を食べ、悠々自適にボーッとしながら過ごすのだが、今日ばかりはそうではない。


 原因はもちろん、木更が勝手に取り付けた昼食をともにするという約束である。これのせいで、昼休みが来ないでほしいと思ったくらいだ。


 今は成る丈、龍樹と学校で共にいるところを見られたくはない。燃え上がりそうな種火に油をぶち撒けるみたいなもんだ。


 今朝は何故か……いや、木更が言っていたようなどうしようもない理由でか、クラスメイトから一見友好的な接触を受けたけれど、腹の中でどう思ってるかなんてわかったものではない。


 人畜無害みたいな奴が急に牙を剥いてくるのを、テレパシストである俺は知っている。まぁ、今朝のアイツらは一見からして人畜無害ではない胡散臭さ満載だったのだが。


 それに、木更の存在も目を瞑ることはできない。

 昼食なんて建前の、何かの尋問会にしか思えない。アイツはまだ俺のことを目の敵にしているに違いないから、今朝言っていた「話してみたい」ってのはそういうことのだろう。


 

 ───手洗い場にて、顔に冷水をぶつける。


 ただご飯を一緒にするというだけで、こんなことする奴はそういないだろう。でも、意識をシャキッとさせたい気分であった。


 何か面倒ごとにならなきゃいいが…。


 こういうことを言うと、いわゆるになってしまうのだろう。



---




 集合場所はこの学校の中庭だ。俺が…、あるいは龍樹がいつも利用している裏庭よりもはるかに陽当たりがよく、爽快な空気が通り、食事に適している場所だ。


 そして同時に、俺の苦手な場所でもある。その理由は、テレパシーでうるさいから……なんてのは建前でしかなく、本当はもとより人の居る場所を好まない性質だからだ。


 千紘と食べる時は教室か食堂だし、利用することはないだろうと思っていたのだが、まさかこんな機会に遭ってしまうなんて。


 まぁウダウダ言っても仕方がない、などと無理やり納得させて、俺はその中庭に訪れた。


 ベンチがあり、草木があり、池があり、変なモニュメントがあり。

 ウチの学校の中庭はちょっとした公園みたいな様相になっている。


 もうすでに賑やかな声がここら一体を満たしている。場所取り争いはいつも熾烈らしいから、これが日常なのだろう。


「お、五見っ!コッチコッチ」


 喧騒の中でもよく通る声が、俺を呼んだ。


「ったく、遅ぇよ。中庭で食うなら、スタートダッシュは陸上部よりも速くきらねぇと」

「ぁあ」


 もちろん、千紘だ。


 あの時去り際に、木更が誘うとかなんとか言っていたが、本当に誘うとは。これが俺への配慮なのか、何か思惑があってなのか、わからないけれど。


「ってか、お前が木更に誘われるとか意外だわ。まぁ、この前隣ん時話してたもんな」

「いや、それも…これも、全部不服ながらではあるんだけど。

「ふぅん。…ま、噂はあながち間違いじゃなかったってことかな?」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる千紘。噂ってのは、まぁクラスメイトが囁いているあの噂だろう。

 もう今更否定はしない。いやむしろ実際のことを元にするなら肯定される内容なんだけど。


 いかにも嫌ですよ、と言うふうに顔をしかめてみせると、一層に笑みを深くした。

 と同時に、また新たな声がかけられた。


「やあや、遅くなって悪いね」

「お、来た。……いやホントだよ、どいつもこいつも」


 俺の後ろから現れたのは、もちろん木更…と、龍樹であった。


 前者は相変わらず余裕そうな笑みと口調であるが、後者はいつもよりもより表情が硬く、姿勢も丸くなっていた。

 千尋という喋り慣れない相手がいるからか、はたまた周りの視線が痛いからか。


「ごめんごめん…だけど元から、先に場所取りしてくれることを期待して誘ったんだけどね」

「んだそりゃ、人をパシリみたいにして」

「まあまあ、本当に感謝してるよ」


 木皿がケタケタと笑うと、千紘は呆れたように口をへの字に曲げる。彼女は誰に対してもあんな感じのようである。

 が、俺に対する時のような刺々しさはあまりない、と思う。


「そんなことはおいといて、早速ご飯を食べてしまおうか」

「そんなことって…。でもまぁそうだよな。五見はちゃんと用意してあるよな?」

「うん?あぁ」

 

 右手に持ったレジ袋をガサガサと鳴らした。栄養バランスなんてものは一考にも入れていない菓子パンだけの袋だ。まぁ今日くらい別にいいだろう。


 主要2人がベンチに座るのをみて、俺と龍樹も腰を落とした。


 並び順としては、木更、龍樹、俺、千紘というような順だ。


 龍樹と俺を隣同士にさせたのは意図していないとは思えない。千紘は元から座っているからいいとしても、木更が詰めずに端に座ったのはそういう思惑があったからだろう。


「………ところで、莉央ちゃんってさぁ」


 各々自分の食事を口に運んでいると、木更が不意に切り出した。


「五見くんと、結構そうじゃなぁい?」


「ンッ、フッ」


 龍樹がおもむろに咳き込む。俺もそうまではいかなくても、食べ物を咀嚼する動きが止まった。


「ちょっとお話聞かせてよっ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる木更。

 千紘もまた、「お、やるなぁ」みたいな反応と共に話題に興味を示す。


 

 今日中、不安視していたことが始まろうとしていた。

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