第32話 氷姫動揺
薄々勘づいてはいたけども、木更はもとより、この状況を作り出すつもりでいたのだろう。
「やっぱり莉央ちゃん、五見くんと仲良かったんだぁーっ!」
「いつから、ねぇいつからっ?」
「まさか龍樹が男に靡くなんてっ」
俺たちへの尋問を開始してしばらく。
龍樹が何か話そうとする様子がなかったので、俺もまたしらばっくれる姿勢を貫いていたのだが……まさか、クラスの女子の何人かが加勢してくるとは思わなかった。
やってきた女子グループはまるで飢えた獣みたいに龍樹に群がり、質問攻めを開始する。
俺はそれほど囲われなかったものの、龍樹はこうも一辺に押しかけられたものだから……。
「ぇ、ぇえっと…」
駒みたいに目を回しながら、そしてゆでダコみたいに顔を真っ赤にしながら、口をモニョモニョと動かしていた。
誰でもこんな状況なら困惑するに違いないけど、それがコミュ障の龍樹なら一層に混乱は酷くなる。
「ねぇっ、いつからなのっ!?」
「ぁ、ぇっと、いち…1ヶ月前…くらい…?」
「どこっ…!どこに靡く要素があったのっ…!?」
「ぅぅ…、や、優しくて…落ち着くところ…?」
木更がなんと吹き込んだのかしらないが、まるで恋人でもできたかのような内容の質問を女子は繰り出し、混乱の極地に至った龍樹はしどろもどろながらも答えてしまう。
しかし止めることはできない。問答の応酬にそんな余地はなかった。
こんなときにテレパシーが機能していればさりげなくフォローを入れることもできたのかもしれないが、何の能力もない状態だと、俺は気も効かすこともできない奴へと成り下がる。
…まぁ、彼女の混乱を緩和させるくらいはできるだろうか。
「あの…、もうその辺にしといたら──」
「「「君はだまっててっ」」」
ピシャリと言われてしまった。それで言う通りに黙ってしまうから、俺はダメな奴である。
しかし、一応引き下がる理由もあるのだ。
そもそも龍樹が、俺とのことをバレたくないように思っているのかわからないのだ。意外と、言いたかったりするのかもしれない。もし変に遮ったりはぐらかしたりしたら、変に誤解をさせるかもしれない。
そういう発想に至ると、無闇に口を出すことはしづらかった。
「ははっ。ドンマイだな」
「…はぁ」
バシッと背中を叩いてくる千紘。
質問攻めには加わってないものの、ちょくちょく補足のような質問をしたり俺たちの反応を面白がっていたりしているので、仲間ではない。まぁそこのところは、場の雰囲気を悪くさせないという、彼の機転があるからかもしれないが。
「んでもっ、お前もそこんとこ。どうなんだよ、龍樹とのこと」
コイツも追求してくるか。
まぁこれも、千紘なりの立ち回りなのだろうけど…。
「……どうって。俺から言えることなんて、なんもないよ。龍樹さんの言うことが全てなんじゃないか」
あくまで俺が言うことはないことを断言しておく。
しかし、「ふーん?」と喉を鳴らしたのは、返事の相手である千紘ではなく、ニヨニヨと笑みを浮かべる木更であった。
「莉央ちゃんだけに話させるなんて、五見くんも薄情だねぇ」
「……」
彼女はベンチから立ち上がり、俺たちの目の前に堂々と仁王立ちして見せる。
「莉央ちゃんも君も話したくないみたいだけど……、でも、私知ってるよ?ふたりの仲良しエピソード」
「な、か、よ、し」というふうに、やけに強調して話す木更。
正直龍樹とのことでは、一切バレない、と言えることの方が少ないが……一体そのうちの何を知っているというのか?
「えぇっ!?教えて木更様っ!」
「もったいぶらずに!」
「あぁあぁ、落ち着きたまえ。…といってもそれほど大したことではないかな」
駆り立てられた女子たちを諌めながら話す内容に保険をかけたが……、しかしその余裕の表情は乱れていない。
「莉央ちゃん達、テスト前、一緒に勉強してたよねぇ?」
「えぇっ、マジっ!?」
「そういえば勉強会参加してくれないなって思ってたけど…っ!?」
いかにも大変なことだと言う風な木更と、驚きの声をあげる女子達。
俺も少しだけ目が見開かれたけど……でもまぁ、そのことについてはバレて当然だろうとは思っていた。
そもそも場所が学校なだけに、バレない方が珍しいだろう。
図書館利用者が少ないとはいえ、一週間も通っていれば発覚するのも致し方ない。それでいえば、もっとバレないところでするべきだったろうかと今になって思う。
「…見てたんだね」
「うんそりゃあ。見られないとでも?」
木更は不適な笑みを見せてくるが、乱されないように努める。
「まさか。じゃなきゃ学校でなんか勉強してないよ」
「じゃあ、話してくれてもよかったんじゃない?」
「龍樹、さんに…その意思は任せといてるから。それに、取り立てて言うべきことでもないと思ってるしね」
「勉強会を取り立てないなら、もっと親密なことしてんのっ!?」みたいな意味であろう歎声をあげる女子たち。
言うつもりはないと牽制の意味もあったが、少し悪手だったかもしれない。
「うん、だろうね。もっと凄いことをしてるはずだし」
怯んだり動じたりする様子もない木更。
……いったい、なんの自信があってそんな知ったような口を聞けると言うのか。
まさか全てを目撃してるわけでも…あるまいし。
「えぇ〜、聞かせて聞かせてっ!」
「莉央ちゃん、言っちゃおうよっ!!」
木更の発言に駆り立てられて、女子達は一層に質問の勢いを強める。
まったく彼女達は、単純というかなんというか。
「…はぁ」
「もうここまで来たら、全部吐いちゃった方がラクなんじゃねーの?」
「まぁ、…かもしんないけど」
それはそうなのだが…、然りとて全部話すと俺がどんな目に遭うかわかったものではない。
家に泊まるとか二人で出かけるとか、そういう深入りしたことは言わないにしても、龍樹が俺に気を許して交流していたという事実だけで、クラスの男子達からは壮絶な殺意を向けられるだろう。
それくらい、彼女と仲良くするというには難しいのだ。氷姫なんて通称されるというのは伊達ではない。
「、おいおい、どこ行くんだよ」
おもむろに席を立ち上がるが、それを素直に見送るはずもなく、千紘はそう言う。
「ちょっと〜、逃げちゃダメだよっ」
「五見くんにも聞きたいことは山ほどあんだからっ」
「……、ちょっとトイレ行くだけだよ」
半分ホントで、半分嘘である。
こんな状況下で、まともに落ち着けられるほどタフではない。少しだけ、頭を冷やしたかった。
まぁ、それについては俺よりも龍樹の方が思っているかもしれないけど。
「あんま、無理させないように、……龍樹さんに」
さすがに放置していくのは薄情すぎかと思って、僅かながらお灸を据えたが……、ヒュ〜ッという声が上がったのでやっぱり悪手だった。
地雷しか踏まんな、俺は。
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冷やかしの歓声を背中で受けながら向かったのは、裏庭側のトイレである。
ただでさえ教室のない一階で利用者が少ないというのに、それが人の寄りつかない裏庭となれば利用者なんて指折りくらいの数しかいない。
テレパシーの喧騒から離れるための、数少ない憩いの場のひとつとして俺は重宝していた。
まぁそういうわけだから、俺の歩く廊下は中庭とは打って変わって薄暗く、そして俺の足音が響くくらいには静かだった。
しばらくここに居ようかなんて思った……その矢先。
「良いところだね。ここ」
不意に、後ろから声をかけられる。
声の主はすぐにわかったけれど、なんで着いてきたのかはわからなかった。
「実にベストロケーションだと思うよ」
振り返ると案の定、そこには木更がポッと佇んでいた。
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