第30話 思わぬ誘い
3、4日程度の休みが明けて、学校という日常が戻ってきた。
たった数日程度のブランクだというのに、だいぶ久しぶりな登校の気がする。部活に入ってるやつとかは違うのだろうが、授業以外では学校に出入りしない俺にとってはそう思われてしまう。
少しでも間が空くと、感覚というのは忘れてしまうらしい。俺というヒトに限った話なのかもしれないけれど。
今日は、テレパシーが機能していない日である。そのせいなのか、はたまた単純にダラけきってしまったからなのか脳の目覚めがいつもより遅かった。
やはり雑念が飛び交うことのない世界というのは、静かに感じられる。特に俺みたいな、誰にも話しかけられないような奴なら、余計に生活が閑散とする。それが悪いとは思わない。むしろ居心地の良さすら感じる。
最近なら、龍樹に関することであらぬ誤解を介して突きつけられるので、幾分かマシだ。
教室の扉の前で、しみじみとそう思う。テレパシーがあったなら、この時点で騒がしい思考が辺りを駆け回っているに違いない。
そんなことを考えながら、扉をガラガラとスライドさせる……と、
「おはよう、五見」
「うん、おは、…よう…?」
不意に挨拶をされた。千紘かと思ったけれど声質なんかが諸々と違かったので、なんとも歯切れの悪い返事となってしまう。
「なんだその珍しいモンみたいな顔っ」
おそらく間抜けに映ったであろう俺の顔を見て、苦笑しながらソイツは男子の集団に入っていった。
名前は……、なんだっただろう。田中だったか鈴木だったか…。
気に留めるべきであろう人物以外の名前は、だいぶうろ覚えになってしまっている。
だから、そんな気に留めていなかった人物が、急に俺に話しかけてきたという事実に俺は呆けてしまっていた。
彼とは、おそらく面識も関わりもなかったはずだ。顔に見覚えはあるし、前に他の男子と寄って集まって俺について話しているのを見かけた気はするが…直接的に関わることはなかった。
いったいどんな心変わりが───。
「あ、…い、五見くん…?おはよう」
「五見おはよーさん」
「お、おぉ、おお。五見じゃん」
「……え?」
次から次へと、クラスメイトから俺への反応がやってくる。全員、なんだか気まずい雰囲気を纏っているものの、さも以前からそうですよとでも言いそうな顔で挨拶をしてくる。
いったい何が起きてるんだ、これは。
テレパシーがないと、こういう時に困る。逆に、どうしてない時に限ってこんな変な状況に陥るのか。
「やぁ、ずいぶんと間抜けな顔をしてるじゃないか」
目を瞬かせることしかできていない俺の背中に、鼻につくような口調のあの女の声がかけられる。億劫に感じられたが、俺は声の方へと視線をやる。
「おおかた、突然話したことのないクラスメイトに話しかけられて、困惑しているようかな?」
「…全部見てたなら、誰でもわかることでしょ」
まるで事件の種明かしをする名探偵みたいに、手を後ろに回してそう言う
妙に余裕そうな笑みを浮かべながら、俺の目をじっと見つめているが……テレパシーが聞こえないとこんなに不気味な奴なんだな、コイツ。
「ま、そうだね。でも、仮にも同じクラスの一員からのアクションなんだから、そう驚くべきことでもないと思うよ」
「そりゃ、そうだけど…」
それはそうだが……現実はそうではないだろう。同じ空間に居たって、交わらないものはとことん交わらないものであえう。その交わらないと思っていた相手が急に話しかけてきたから戸惑っているんだ。
…そんなことを捲し立てたくなるが、木更の余裕な表情を見ると、何か知っているのではないかと勘繰ってしまう。変に遊ばれるのも嫌なので、ここは引っ込んでおく。
「でも、まぁ。急に人気になったからって自惚れないことだね」
「そんなわけ」
「あぁ、そんなわけない。だって莉央ちゃんの名声を借りているんだもの」
彼女の発言に、俺はまたしても怪訝な表情をする。
思いも寄らぬ人物名が出てきたからだ。
「なんでそこで龍樹…さんの名前が出るのさ」
「えぇえ?本気で言ってるのかい?」
オーバーなリアクションを取る木更。テレパシーなんかなくたって小馬鹿にしている感情がヒシヒシと伝わってくる。
「……」
「え、いや……
……もう、否定はしない。けれどそれがクラスの人間に前提とされているのはなんとも言えない気分になるが。
「で、莉央ちゃんはみんなに人気だろう?でもあの高嶺の花に届こうなんてのは夢のまた夢……。だから近場で冴えなさそうだけど、何故か莉央ちゃんに懐かれてる君を介して、みんな取り入ろうとしているわけ」
……なんだそりゃ。なんだその、大人の社会みたいな気味の悪い発想。俺を懐柔したとして、龍樹が靡く可能性なんてないだろうに。…いや、無くはないかもしれないだろうが…、どうしてそんな回りくどい行動に出るんだ。
「理解できないみたいな顔してるね。でもまぁ、今、君がチヤホヤされているのは大方そういう理由があってだと思うよ」
「………、君も、そうなの?」
「うん?いーや、まぁ、完全に違うとは言い切れないけど、別にソレが目的ではないよ……あぁ、その本題がまだだったね」
俺は押し黙るしかなかった…が、沈黙するのもアレだと思って、適当に口を開いた。しかしそれを聞いて、木更は思い出したかのように声のトーンを上げる。
「私、莉央ちゃんの友達だからさ、彼女の友達の友達も知りたいんだよね」
わざとらしく目を細めながら彼女はツカツカと歩み寄ってくる。
気圧されて後退ろうとした……その時。
「や!莉央ちゃん、おはよう」
「……おはよ」
木更が、ひょこっと上体を俺のシルエットから外しながらそう言う。
振り返ると、そこには彼女のいうとおり龍樹が立っていた。木更の挨拶に控えめな声量と相槌で返事をする。
「あ、れ……五見さんっ。おはようございます」
「っ、あ、あぁ」
振り返った拍子に龍樹と目が合い、挨拶を交わす。あからさまに木更とは違うテンション。またクラスメイトに疑念を抱かれるに違いないが……俺が今憂慮すべきなのはそこではなかったようだ。
「…。そういえば、莉央ちゃん。今日、この五見くんと一緒にご飯食べようと思うんだけど、どう?」
「!?、なっ、何を言って──「え、そうなんですかっ?」
思わぬ突然の発言内容に、すかさず口を挟もうとしたものの、かえって龍樹の反応によってかき消される。
「うん、ぜひ一度お話してみたいなと思って」
「い、良いと思います。私も…、そう思うので」
「じゃあ、決まり」
龍樹の反応を見て、否定するに否定できなくなる。俺をそっちのけて、まるで当然のように一緒に食事することが決まってしまった。
(…どういうことだよ)
龍樹に届かないような声量で、木更に問い詰める。
(まぁ、良いじゃない。彼女の笑顔が見れるならさ。あとで千紘くんも呼んでおくよ。アウェイじゃなきゃ良いだろう?)
「ま、それはおいといて、少し花を摘みに行かないかい?」
「えぇ」
意地の悪い笑みを浮かべながらそう囁くと、ヒョコヒョコといつものように龍樹に付いて回った。
……なんだか、面倒なことになる予感がする。
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