第11話 氷姫躍動
「おいおいやばくねっ?」
「天国はここにあったんだな…」
「すっげー揺れっ」
性欲というのは、本当に人間を馬鹿にさせるらしい。
体育館の窓に群がり、男たちは下卑た寸評をあげて盛り上がっていた。
女子の体育もバスケだ。
ゆえに走ったり飛んだりといった動きがあるわけで、そんな動作をすれば当然男共は大興奮である。
「うわっ。やっぱ龍樹、モデルみてーだな」
「何頭身あんだありゃ」
「すげー迫られてぇ」
中でも龍樹は、とりわけコイツらの視線を総なめにしていた。
華麗な動きでボールを操り、まるで踊るように躍動している。
飛び散る汗すらまるで宝石のように輝いており、まさに天性の美女という雰囲気を纏っていた。
「お、シュート決めた」
千紘がポツッと呟いた。
その通り、龍樹は俊敏な動きでボールを籠に入れていた。
周りの女子たちが、笑顔で彼女を称賛している姿が映る。
その間も、多少息が上がっている程度で、龍樹の表情は変わっていないが。
(運動、得意なんだな)
中身は何でアレ、小説を読んでいたりコミュ障だったりしたので、勝手に運動できないもんだと思ってたけど、案外そういうわけでもないらしい。
天は二物を与えない…なんて言うが、やっぱ嘘だな。
顔も勉強も運動も、アイツは全部揃ってる。
その代償があのピンクさなのだろうか。
ま、顔以外は彼女の努力の賜物なんだろうけどな。
「あのスラッとした御御足がたまんねーよな」
「いやお前…キモすぎだろ流石に」
「俺はわかるぜ、めちゃくちゃ擦り付けてーわ」
「アレで胸がデカかったらもっと高評価なんだがなぁ」
……、その結果がこんな男どもからの穢らわしい視線なら、報われない。
いや、案外喜んだりするのだろうか。
でも痴漢されてあんなに怯えてた彼女が喜ぶとは到底……、でも男子の視線は満更でもなかったっけか?
まぁ、俺にはどうでもいいことだが…。
「ういー、水飲み場混むから早く行こうぜー」
俺の思考を切るように千紘の声が上がる。
そのままスタスタと水飲み場へと歩いて行った。
「そうだな」
そう言って、俺は千紘の後を追う。
「お前も、やっぱ龍樹に見惚れてた?」
「んなっ、わけねー…」
「顔に嘘って書いてあるぞー」
ニヤニヤと笑みを浮かべる千紘。
くそっ、こいつめ…。
「お前はどうなんだよっ」
「俺はそういうのよくわかんねーからな、バスケ上手いなーくらいにしか思わん」
……嘘ではなさそうだ。テレパシーがなくてもわかる。
本当コイツは、幼いというかなんというか。
ま、だから友達になったんだがな。
難しい思考をしないでくれるから楽でいられるんだ。
いや、悪口じゃないぞ?
---
今日はやっぱりテレパシーが調子良い。
まぁ欲しい場面もあったけどおおむねは邪魔に感じる。だから今日は珍しくテレパシーの働かない良い日だった。
龍樹の面持ちに何か変化が見られたので少し脳内を覗いてみたくもなったが、また昨日の夜みたいなトンデモナイ妄想をぶつけられたらしんどい。
それはまた、テレパシーが稼働してしまった時にでも見ればいいだろう。
今日の授業が終わり、放課後。
みなそれぞれの目的で、教室を出始めている。
かくいう俺も早々に支度を始め、帰宅しようとしていた。
例によって千紘は部活だし、俺には他に友達がいない。
帰ってやることもないが、別に残ってやることもない。
今一度考えてみると虚しい現実だが、まぁそれが身の丈に合っている。
と、いうことで教室に出ようとしていたが、何やら近くの扉の方で数人程度の人集りがあった。
「ねーねー、今日スタバ寄ってかない?」
「あの新作絶対美味しそーっ!」
「クリームストロベリーショコラだっけ、見た目可愛かったよね、」
女子のグループ、クラスの中でも中心的な女子らが寄って集っていた。
話題は有名喫茶店の新作。
新作が出るたびに話に昇ってくるが、俺にしてみれば正直何が良いかわからない。
甘ったるいし、水腹になるし、何より値段が高い。
案の定カロリーは馬鹿にならないのに、女子高生たちはみんなこぞって祭り上げている。
それでいて太っちゃうかも〜なんて言うんだから、本当によくわからないな。
テレパシーがあっても、こればかりは理解できないかもしれない。
「
ひとりの女子が、またひとりの女子に話題を振った。
グループの中心に立つ、龍樹莉央に。
これまでほとんど喋っていないが、それでも彼女はあのグループの心臓部にいた。
みな、龍樹の美貌に群がっているのだ。
「……えっと」
「え、絶対行こーよーっ!ってか写真撮りたくなーい?」
「わかるー、莉央ちゃん絶対映えそーっ」
本人の意向は無視…では無さそうだが。
どうにも強引に話が進んでいる。
彼女が乗り気でないことはわかっているのだろう。
無理やり話を進めて、一緒に行くことを決定事項にしようとしているのだ。
やり方が悪辣な気もするが、まぁわからなくもない。
このクラスでナンバーワンの美女に付いていれば、自分も注目してもらえるかもしれない。という魂胆だろう。
そんな感情は、今までテレパシーで何度も覗いてきた。
それが良いか悪いかなんて、コミュニケーション経験の乏しい俺にはわからない。
ただ、個人的には好かないというだけで。
「あっ、そしたらカラオケも行かなーい?」
「いいねー、アタシあの歌歌っちゃおうかな────」
まぁ、俺には関係ないことだな。
聞き耳を立てるのをやめ、もう一方の扉から教室を出る。
龍樹には同情するが、俺が口出しするようなことでもない。
彼女がその環境にいようとしているのなら、誰かが何か言う必要なんてないからな。
テレパシーのない環境に快適さを覚えながら、駅を向かう。
────その途中。
「あ、あのっ!」
道すがらに、背中に声を浴びた。
叫んでいるようだが、それでも控えめなボリューム。
薄らと声の主にあたりをつけたが、それでも何故ここに居るのかわからない。
「…龍樹さん?」
走ってきたのだろう、髪と息を乱しながら、彼女は立っていた。
「えっと、えと。一緒に…帰りませんか?」
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