第12話 お友達は一緒に帰るもの?


 あまりに突然な誘いに、俺はただ目を丸くすることしかできなかった。

 驚きと「なんで…?」という率直な疑問が脳に渦巻くのみ。


 テレパシーが機能していても、たぶん結果は変わらないだろう。


 目の前の彼女から、そして周りへと変に視線を転々とさせていた。


「あの…、突然ですみません…」

「え、いや、良いけど、どうして?」


 柄でもなく、頭に浮かんだ疑問をそのまま吐き出した。もう少し、思慮深く発言した方が良かったかもしれない、と言った直後に思う。


 彼女はそうだよな…と言いたげに肩をすくめる。


「ぉ、お礼が、まだ、だったと思いまして」

「お礼?……あぁ」


 件の痴漢騒動か。

 家に泊めたことに対する礼はされたが、助けたことについてはまだだっただろうか…?


 あんまり覚えてない。俺は恩恵を受ける時も施す時も、義理とかそういうのは気にしないタイプなのだ。


「別にいいよ気にしなくて」

「いえっ、そんな!本当に助かって…、その後のことも…本当に心強くてっ」


 漫画だったらモジモジという擬音が飛んでそうな様子だ。

 目を伏せって、視線をキョロキョロ遊泳させている。


「だからあのっ、ありがとうございましたっ!」

「う、うん。まぁ、どういたしまして?」


 直角もびっくりな角度のお辞儀を披露してくる。

 緊張なのか元来の性質なのかわからないが……、にしてもよくその姿勢をキープできるな。


「でも、それなら今日とか…なんなら明日でもよかったんじゃ?」

「え、えぇっと。それも、その」


 緊張を打ち消すように一度深呼吸する龍樹。

 いつものキリッとした目を取り戻し、満を持して口を開き。


に、なって頂きたくてっ」

「お友達」


 飛び出してきたワードを反芻する。

 お友達って…、あのお友達?いや変な意味を連想したんじゃないが、本当に本当のお友達?


 彼女からそんな言葉が、俺に対して出てくるなんて。


「はいっ、あの。恥ずかしながら私、友達があんまりいないもので…」

「……結構みんなに囲まれているように見えたけど」

「あれは…、そうなんですけど、そうじゃないみたいなっ。皆さんには申し訳ないんですけど、少し反りが合わない部分がありまして」

 

 あ、やっぱりそうなんだな。

 他の人といる時の龍樹の心情をあんまり読んだことはなかったけど、やはり本心ではそう思ってたということか。


「今朝も言いましたが、五見さんとはその……フラットな気持ちで居られるんです」

「……」

「それに…。私、小学校も中学校も女子校で…昨日みたいなことは初めてあったのですが、以前から男の人には少し苦手意識があって」


 なるほどずいぶん箱入り娘って感じだったのか。

 要するに言えば、男に対する耐性がないというわけだな。


「だからえっと、五見さんみたいな存在は初めてで…。五見さんと居たら苦手意識を克服できるかもしれないって……」

「なるほど?俺を利用して自分の苦手を取り払おうと」


 あえて意地悪な言い方をしてみる。


「あ、あ。すいません!そんな、利用しようとかそういうのじゃなくてっ、本当に純粋に仲良くしていただきたくっ……!!」


 龍樹はワタワタと訂正を急ぐ。


 …なんだか、今までの印象とずいぶん違うな。こんなに感情豊かな人だっただろうか。いやまぁ、表情自体はヒエッヒエではあるのだけど。


「ははっ、わかってるよ。ちょっと揶揄ってみただけ。でもそんな買い被られると、こっちが緊張しちゃうな」

「ぅ、それは、すいません」


 事実買い被っているような部分は多い。というか、変に信用しているような気がする。

 もし俺が昨日の痴漢やろうみたいな奴だったらどうしていたのだろうか。


 まぁ現実として俺はそうではないが、彼女の言うような男子と関わる練習台としてはあんまり適さない性格はしていると思う。 


 彼女が良いなら、なんでもいいんだが。


「でもやっぱり、明日でも良かったんじゃない?そんな今日に急がなくても」

「善は急げって言うじゃないですか。まぁ、だいぶ遅くなってしまいましたけど…」

 

 …うん、緊張して言い出せなかったんだろうことが容易に想像がつく。今の彼女を見ると、なんとなく納得できてしまう。


 なんだか昨日から、彼女の印象がガラリと変わったな…。 



「あとそれに、お友達って一緒に帰るものじゃないですか?だからタイミング良いかな…って」


 彼女はさも当たり前、というような顔でそう言ってのけた。


 えっと、……何それそうなの。


 まぁ、確かに千紘とは駅まで一緒に帰ったことあるけど、でも友だちってそういうものなのか?

 そもそも俺に友達があまりいないから断言できないのは悲しいところだけども、でも一緒に帰るのがお友達というもの、なんていう意見には少し眉をひそめたくなる。


「友だちって、そういうことなのか?」

「え、ずっとそう思ってたんですけど…」


 疑問符を浮かべる龍樹。


 ずっと彼女のことを脳内ピンク完璧人間かと思ってたけど、案外そういうわけでもないのか?


 あ、完璧ではないのか?という意味で、脳内ピンクに関しては疑いようないが。


 

 

 

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