第13話 テレパシーの受難

 昨日みたいなことを経た今、龍樹と並んで歩いたくらいでは全く動じない。


 なんてことはない。正直まだ今の状況に慣れないでいた。

 一昨日の自分からすれば到底あり得ない現状、早々に受け入れろという方が酷というものだ。


「五見さんは、部活何にしたんですか?」

「あー……俺は……」


 こういう話題になると、俺みたいな人間は少し困る。


「帰宅部」

「……それは部活なのでしょうか?」

「そりゃもう。しのぎを削って毎日励んでますよ」

「そ、それはお疲れ様です?」


 冗談を言ってみせると、困惑したように首を傾げてみせる。

 ノっているのか、ただ真に受ける天然なのか。


 なんとなく後者な気がする。

 今までのイメージなら前者だったが。

 

「じゃあ龍樹さんはどんな部活にしたの?」

「私は……、まだ決めかねてます。皆さんの誘いでいろいろなところに体験させていただいてるんですが…」


 まぁ、彼女ならどの部活でも引っ張りダコだろうな。

 運動もできる、頭もキレる。大本命に顔も良い。

 

 中学も部活に入ったことのなかった俺だけど、こんな美人がいたらやる気も上がるだろうことは確かに想像できる。


「どこでもやれそうな気がするけどね。今日のバスケ見たけど、凄い活躍だったし」

「それは、ありがとうございますっ。昔から運動は得意で」


 照れくさそうに笑う龍樹。

 と言っても、いつもの鉄面皮が少し柔和になったくらい。


 まぁそれだけでも、そのいつものと比べればだいぶ感情が溢れているといえる。



「……でも、本当にやりたいことなのか、わからないんです。もっと他に、見つけられていないだけで本当に望んでいることがあるんじゃないかって…」


 言わんとしていることはわかる。

 茶化すわけではないけど、高校生というのは、そういう自分探しにあてられる時期でもあるからな。


 でも、その答えを見つけるのは難しいというものだ。

 だから、俺はこう返すしかない。


「まぁ、龍樹さんが後悔のない道を選べることを願ってるよ。俺には、あんまりそういうのわからないから」

「…そうですね」


 キョトンとでもいうべき顔をして彼女は沈黙する。

 変な奴って思われたかな。


「ごめん、偉そうだな」

「い、いえっ!今の沈黙はその、なんだか達観してるなって思って」


 すぐに誤解を訂正する龍樹。


 達観…というのだろうか、これは。

 どちらかというとに近いような気もするが。


「ま、人生経験が違うからね」

「私も結構な気がしてたんですが」


 彼女もまぁ大変な人生送ってそうだが……、俺に比べりゃまだまだ甘いもんだろう。


「君は、夜の街で襲われた経験があるか?」

「ヨッ……、襲わッ…」


 カマをかけるじゃないけど、冗談で少しピンクっぽい話題を出すと、彼女はあからさまに言葉を詰まらせる。


 …よく、これまでそんな薄っぺらい皮で本性を隠せたもんだ。

 あ、でもこれ側から見たらセクハラかしら。


「今のは冗談…、いやまぁあながち嘘ではないんだけど、あんまろ深く────」




──────ピシっ



 少し訂正を入れようとしたところで、何かがズレるような音が。

 ……これは、あれだ。



『今日の晩御飯どうしよう、カレーか肉じゃがか…』

『あー、もう疲れた』

『このワンコかわい〜〜っ!!いくらでも撫でられるっ!』

『うちのポチに気安く触るな小童』

『全然信号変わんねーよカスが』

『良い天気だなぁ』


 ドッと、濁流のように大量の人間の思考が押し寄せた。


 テレパシーが復活したのだ。

 また妙なところで、調子悪くなったものだ。


 唐突な情報量の多さに、ふらりと体勢を崩す。


「っ…!?だ、だだ大丈夫ですか?」


 先の俺の発言で半困惑状態だった龍樹が、心配そうに声色を変える。


「あ、あぁ。いやちょっと持病みたいなもんで、すぐ治……」


 テレパシーが復活したということは、彼女の思考も読めるということだ。

 先ほど、わざわざ自分からことを連想させる発言をしたものだから…。


『だ、大丈夫かな、大事にならないければいいけど』

『───────────』


 心配する思考を他所に、例によって実にアダルティな映像が。

 それも、「夜の街で巨漢に俺が襲われる」というなんとも生々しく、そして正直かなり最悪な妄想が。



「オ、エ゛ェ、エ゛」

「わっ、本当に大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄る彼女の顔は、鉄面皮とは言い難かった。



---



「ぅ、うぅ」

「だ、だ、大丈夫ですからねっ。きっと良くなりますっ」


 いやお前の妄想のせいやないかーい、なんて言いたくもなったけど、本当に心配している彼女もいて、なんともいえない感情に苛まれている。


 情けなくも、龍樹に縋りつきながらなんとか駅のベンチまでやってきた。

 

 慣れないながらも背中を摩ってくれるなど、かなり心配をかけてくれる。

 本当にありがたい、ありがたいんだが。


『お、男の子にも、弱い所がある…よねっ。や、やっぱり』


 その、妙にピンクピンクしい発言はやめていただけるだろうか。


 いやまぁ、俺は今、彼女の肩に寄りかかるような状況になっているから、少しくらいドギマギするのは良いんだけどさ。


 でも言い方ァ。


「ご、ごめん。もう大丈夫」


 パッと彼女から離れる。

 少しだけ、テレパシーのボリュームが小さくなる。


 実際に本人に触れていると、テレパシーも確かなものになってくる。

 間近に感じられる彼女の甘い匂いも相まって、思考がぐちゃぐちゃにされるもんだから、見計らって離れさせていただいた。


「ほ、本当ですか…?無理はなさらないでくださいね?」

『あ、離れちゃった…』


 オロオロとしてみせる彼女。

 そんでもってなんでちょっと残念そうなんだよ。


「変なとこ見せてごめん」

「い、いえ。昨日助けていただいたので……お返し、というと違う気もしますが」

「じゃあ、これでドローかな」


 にへーっと自分でも慣れない笑顔を見せると、ようやく彼女の心境は安堵に変わった。


「あ、もう電車来るみたいだな」

「そうですね、五見さんは…」

「もう少し休んでから帰るよ。龍樹さんはもう帰ってもいいよ」

「本当に、大丈夫ですか?」

「うん、付き添ってくれてありがと」


 ずいぶんと心配性だ。

 まぁ、まだ関わり浅い奴が体調崩してたらそんなもんか。


「それじゃ、また明日」

「…は、はいっ。では、お、おやすみなさい?」


 妙な挨拶をして彼女は電車に乗り込んでいく。

 たぶん慣れてないんだろうな。コミュ障みたいだし。


 とりあえずまぁ、妄想からは解き離れたか。


 ……解き離れたが、テレパシーの災難はまだ終わっていない。


『うわー、イチャコラしやがって』

『何あの美人っ!?そんでもってあいつは彼氏なのかっ!?』

『爆発爆発爆発』


 さっきから、主に男からのジェラシー攻撃が止まない。


 喰らわないけど、実に鬱陶しい。

 そういう関係じゃないけど、もしそんな関係だったとしてもほっときゃいいのになぁ。



『え、あれ氷姫…?で、もしかしてさっきの、彼氏ッ!?』 


 

 その声を捉えた瞬間、跳ねるように急いであたりを確認する。


 女子の声だ。誰のかはわからない。

 そもそも記憶するほど女子の声を聞いていない。


 だから、その声の主を見つけられるはずもなかった。

 同じ高校の制服の奴はいたが、どれがその主なのかはわからない。


 いや、あるいは全員が、そう思っていただろうか。

 龍樹の噂は、他学年にも及ぶと聞く。


 もしかしたら皆、似たようなことを思っていたかもしれない。



 だとしたら、面倒なことになるぞ。

 まだ入学して2、3ヶ月。でも彼女の名声はすごいもんだ。


 そんな彼女に彼氏がいるなんて噂が立てば……。

 そしてその彼氏だと誤解されれば……。

 

 胃が痛くなってくる。

 ……明日、学校休もうかな。

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