第10話 陽気なオーラ

(くそ気まずかった……)


 学校の手洗い場にて、胸中にそんなボヤきを満たしながら俺は洗面台を見つめていた。


 結局、学校から駅までの道のりでも会話という会話が起こることはなかった。

 あっても一問一答のキャッチボールにも満たないようなものばかり。


 俺のコミュニケーション能力はこんなもんだっただろうか…。


「あれ、怜じゃん。おはよーさん」


 背後から能天気な声が聞こえてきた。


 今はテレパシーがないので背後に人が現れることを察知できなかったが、こんな何も考えてなさそうな声の持ち主はアイツしかいない。


「…千紘ちひろ。っはよ」

「何してんだこんなとこで、腹でも下したのか?」

「いや、別になんでもねーよ」


 唯一の友人壱護千紘からのもっともな疑問を適当にあしらう。

 まさか龍樹のことを言えるわけがあるまい。

 もし家に泊めたなんてみんなに…主に男子諸兄にバレたら惨殺ものだ。


 まぁ千紘は別に彼女に執着とかはなさそうだが、どこで聞かれているかわかったもんじゃないし。


「んなことより、今日一限目体育だぞ?はよ着替えないと遅れんぞ」

「あ、」


 急いで振り返ると、たしかに千紘の格好は学校指定の運動服であった。


「ってかもうみんな移動して教室の鍵閉まってるかもな」


 この学校は週初めの朝と週終わりのLHRロングホームルーム以外にHRがないので、一時限目がすぐ始まってしまう。


 時計を見れば、もう開始5分前。

 それで気づいたかのようにタイミングよく、予鈴のチャイムが鳴り響いた。


「やべぇ、体育着教室だよ」

「ったく、だと思ったわ」


 そう言うと千紘は、バシッとボールか何かを俺に投げつける。

 反射神経の鈍い俺はキャッチできず、その何かは俺に命中してバフっと音を立てて床に墜落する。


「あちーけど、ジャージで我慢しろよ」


 投げつけられた何かは大きな巾着袋。

 開けば確かに、青の生地に赤いストライプ模様が入っているという、なかなか攻めたデザインの学校指定のジャージがあった。


 季節は7月。長袖は暑くなる頃だが、今は文句など言ってられない。


「お前、まじ神すぎる」

「はい、今日の昼奢り」

「…かけうどんな」

「一番安いじゃねーか」


 快活な笑みを浮かべる千紘。


 遅刻欠席に比べれば、昼の一食や二食は安いもんだ。

 かけうどん(200円)に限って。


「じゃ、俺は遅刻したくないんで先いくわ」

「うっす、またあとで」


 小走りで去っていく千紘の背中を見送って、俺もまた急いでトイレに駆け込み、着替えを開始する。


 今回はアイツに助けられたな。

 やはり持つべきものは友といったところか。

 俺、友達少ないけど。



---


 キュッ、キュッと床が鳴く音が響く。

 古い造りなもんで、ドタドタと複数人の走る衝撃でゆらゆらと体育館が振動する。


 体育のバスケにて、4チームに分かれての試合が行われていた。

 蛍光色のゼッケンチームと何も無しチームの第一試合目。


「へいへいパスパス!」

「っ………!」


 俺は慣れないながらも、掛け声の方向にパスを送る。

 コントロールが悪いもんでやや左に逸れるが、相手は見事にキャッチする。


「よっ!」


 受け取ったのは、千紘だ。 

 キャッチしてそのまま華麗なドリブルで敵を抜き去っていく。


 そして流れるような動作で、スパンッという擬音をつけたくなるくらい見事なシュートを決めた。


 これでも千尋はバスケ部ではない。

 3年の先輩との1on1でも勝利したらしいという実力だし、スカウトされてもおかしくないのだが……、しかしその手の話はサッカーやバレーボールでも聞いたことがある。


 根本的に、アイツは運動神経の塊なのだ。


「っしゃ!!見たかコレ!」

「イケメン見せつけてくんなっ!」

「おいお〜い、お前ワンマンすぎんだろ、もっとパス回せや〜」


 味方からの温かいバッシングを笑顔で受け止めながら、千紘は自陣へと戻ってくる。

 クラスが始まって2、3ヶ月だが、アイツはもう愛されキャラのポジションを確立している。

 

「五見もナイスパスっ!」

「ぉ、おぉ」

 

 ハイタッチせんとしたのか、手をこちらへと見せてくる。


 しかし、俺が手のひらを向けるよりも先に、千紘は俺の手をわちゃわちゃとして、そのまま走り去っていった。


(……、まぶしー奴)


 陽のオーラしか感じないなホント。

 俺と連んでるのが嘘みたいだ。

 

 今までのテレパシーの感じ、俺のことを良い友達みたいに思ってくれているらしいけどさ。



---



(くそっ、体力無さすぎかって) 

 

 試合はドロー、ジャンケンでこちらが負けて、他チームと交代することとなった

 俺としては非常に助かった。体力が無さすぎるせいで、もう限界に近いのだ。


 俺は今、壁に寄りかかってひとり、うずくまっている。


ナイファイナイスファイト、ナイファイ、水飲みいこーぜ」


 さっきの躍動の試合をなんでもなかったかのようにケロッとして、千紘は歩み寄ってきた。


「ぅ〜ん、わかった…」

「おまえ体力無さすぎね?」

「……いや、しゃあねぇだろこれは」


 この運動神経マシンが、なんて言いたいけど、それはもはや褒め言葉な気がしてやめる。

 まぁ実際、俺が体力無さすぎるだけでもあるしな。


 一呼吸おいて、ゆっくりと立ち上がる。


「ん、なんか人集りが」


 千紘の声で、俯いていた顔を上げる。


 体育館の外の水飲み場へと向かう途中、別棟の体育館の方で何やらわらわらと人が集まっていた。


「あっちは……、女子の体育の場所だよな?」

「はーっ、なるほどな」


 呆れたように千紘は息を漏らす。


 ……うん、まぁ。

 高校生男子もまた脳内ピンク…というか全身ピンクらしいな。


 

 

 

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