第22話 片想いな憎敵手
昨日の帰りとはうって変わって、別ベクトルで騒がしく、実に無駄な思惑が錯綜する下駄箱で、俺はボンヤリと靴を履き替える。
いろいろと辛抱たまらぬ電車内だったが、なんとか無事に学校に到着することができた。あんな環境はもう当分経験したくはない。
学校最寄りの駅に着いたとき、彼女が少し残念そうな顔をしていたのは、気のせいだったと思いたい。ピンクの妄想のネタに使われないといいけど。
「やべー、昨日全然勉強してねー」『はぁ…、結局オールで山張りしちまった…』
「初っ端朝からそれかよ。まぁ俺も勉強してねーんだけど」『ワーク教科書は2周したけど』
「お前ら流石にヤバすぎだろっ!」『良かった…、俺だけじゃないのか』
どのクラスのどの人間の発言なのかわかったもんじゃないが、こんな感じの会話は四方八方から聞こえてきた。
勉強時間の有無を誇るのも、あえて嘘を吐くのも、いったいどのような意図があってのことなのか。
友達の少ない俺には甚だ理解しかねる。まぁこれは友人の数とかの話ではないだろうが。
ウンザリした気持ちを抱えながらも、靴を履くときに崩れた鞄を背負い直す。そして、そのような馬鹿らしい話をする輩を尻目に、ひとり教室へ向かった。
……何故ひとりなのか、龍樹はどうしたのか、って?
それは当たり前だろう、道中で別れたに決まってる。
コンビニに寄るから、というなんとも適当な理由をつけて。
再三言うが、彼女と共に居るところをあまり人に見られるわけにはいかない。ましてクラスの男子に見られた時にはいったいどうなることやら。
そのためにわざわざ、通る道も生徒があまり利用しなさそうな道を選んだ。
無論人通りが少ないので、龍樹に『五見さんって意外と大胆…』といったあられもない疑惑をかけられたけど。
まぁそういうわけで、今俺はひとり、教室に入らんとしているわけである。
扉の引き手に手をかける。
行く途中でまた龍樹と合流しないように、それなりに時間を開けたからか、窓を見るともう割とクラスメートは登校している様子だ。
ドアを開けると、いつものようにガヤガヤと騒がしい雰囲気がそこにはあった。
テスト直前なんだから、大人しく復習しておけばいいものを。
「おはよ、五見」
「っ、そういやテストだから出席番号順か」
「そうだよ、俺の答案見るんじゃねーぞ」
「誰も見ねーよ」
教室を開いてすぐ、俺は千紘に迎えられた。
出席番号順の席ゆえに、廊下側かつ扉の近くだから、当然である。
「ところでさぁ〜」
千紘は視線を彼から左に向けると、ニマニマした顔で問うてくる。
「あの氷姫は一緒じゃないのか?」
コイツの視線の向こうには、先に到着していた龍樹の姿があった。
いつも通り、木更をはじめとする一軍女子に囲まれながらお得意のポーカーフェイスを貼り付けている。
「あ〜あ、お前までそんなこと言う」
「いやあんだけ関係性聞かれたら、実際のところどうなのか知りたくなるじゃん?」
「俺は別にそういうつもりはないから」
「ふーん、つれないねぇ」
崩れぬニヤケ顔の友人を軽くあしらいながら、彼の真後ろかつ扉前すぐにある、俺の席に腰をかけた。
そこまで前でもないけど、席替え前はこうして、千尋がよくちょっかいをかけてきてたな。
その印象は残ってるんだが……、隣の席って誰だったっけ。
人のいない隣の席を見て、回想しようとする。
たしか、ずっと席を外してたような印象はある。今も鞄はかけられているが、本人は何処かに行ってしまっている。
会話もなかったのか、はたまた俺が無頓着すぎるだけなのか、覚えがほとんどない。
えーっと…。
「あらあらやぁやぁ、五見くんじゃないか」
女子にしては低めな声と気取ったような口調、声の方に視線を向ければ、聞こえてきた印象とはギャップを感じさせる、小柄な背丈。
あぁ…そういえばそうだったっけ。
「……木更さん」
「うんそうだよおはよう、莉央ちゃんが隣じゃなくて悪かったねぇ」
妙に刺々しさを孕んでいる口調で、龍樹ガチ恋勢の木更芽里は言った。
何なんだコイツは、とまた思いそうになったが、しかし以前のように嫉妬丸出しというわけでもない。
あの時から何か心持ちが変わったのだろうか。
「別にどうもないけど」
「ふうん、そうかいそうかい」
俺の返答に木更は軽く鼻を鳴らす。相変わらず態度がでかいというかなんというか。
「テスト前なら、教科書の1ページでも復習したらどうさ」
「ふむ、確かに、君と話すよりもそっちの方が有意義かもしれないね」
時計を見れば、もう着席時間になろうとしている。
まばらではあるが、空いていたクラスの席も徐々に埋まってきた頃だ。
木更は実に余裕そうな振る舞いで、俺の隣の席に腰掛ける。
とりあえずひと段落だろうと思い、俺も机の教科書に向かおうとする、が。
「そういえばさぁ、莉央ちゃんすっごい機嫌よかったけど、何かあったのかい?」
心臓に冷たい鉄芯が突き刺さったみたいな気分に陥る。
いやまさか、朝の登校を見られたわけではあるまいな。
周囲には気を配ったし、テレパシーでも生徒らしき者の思考を掴むことはなかった。ましてコイツなら、すぐに気づくはずである。
しかし、本当にご機嫌の理由を聞いてるわけでもないだろう。
だったらこんな挑発的な笑みはしないはずだ。
「…知らないよ」
「へぇ…、そう」
しかし木更は意味深に頷くだけで、特段その後何も言ってくることはなかった。
俺の忠告通りに、最初の英語のテストに向けて単語帳か何かを開いている。
ただ、
『こんなヤツに莉央ちゃんを獲られてたまるかッ…てのッ』
ハラワタが煮えくりかえるという表現がこれほど適するものかと言いたくなる、怒りを内に宿して。
……このクラスの女子は、どうしてこんなに裏の顔のギャップが酷いんだ。
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