第21話 天気は晴れ模様、朝は桃模様



「おはようございます、五見さん」

「うん、おはよう」

 

 テスト当日。

 なんともいえないセンスのスタンプと共にラインで送られてきた時間通りに、駅のホームにて、俺は龍樹と平凡なる挨拶を交わす。


 俺の家の最寄駅より、龍樹の利用する駅は奥にあるらしいので、わざわざ一度この駅に降りて俺と会っている。


 そう考えるとなんだか申し訳ないような気がするが、まぁ元々彼女の提案なのだからいいのか?


「今日はいい天気で良かったですね」

「たしかに、昨日の調子のままだったらテストどころじゃないしね」


 天気は、昨夜が嘘だったかのように快晴である。

 教訓を生かして折り畳み傘を鞄に忍ばせたが、今日は出番はなさそうだ。

 梅雨の時期に入る頃合いだし、これからの活躍に期待しよう。


「龍樹さんは調子どう?いろいろとさ」

「全く問題なしです。昨日は帰ってすぐ眠ってしまったので」


 彼女は俺からの質問に、意気揚々と答える。

 ポーカーフェイスの口角は、やや緩んだ気がする。


「それはよかったね」

「五見さんも、昨日の雨で風邪とかひいてないですよね?」


 揶揄うように目を細める彼女。

 

 まぁ、あのまま傘なしで帰ってたらテストどころではなかっただろう。

 鞄びしょ濡れ、体調ぐずぐずだったに違いない。


 その点で言えば、彼女には大いに救われた。


「うん、大丈夫。龍樹さんのおかげでね」

「っ、それは、どういたしまして」


 何の気なしに返事をすると、彼女は少し照れたように目を逸らした。


 心なしか、心の声が上ずった気がする。そしてその内容も、実に妙なものになっていた。


『うっ、あの全身から火が出るような気分が蘇ってきたっ……というか、い、言い方がすごいErosじゃないっ!?ま、ままるで共に夜を明かしたみたいな…、二人で雨の中温め───』


 聞いてるだけで頭をもたげるような思考だが……うん、まぁ、いつもの調子のようで何よりだね。


「『こんな思いにさせるなんて…』五見さんって、時々意地悪ですよね…」


 「お前が脳内ピンクなだけだわ」なんて言ってやろうかと思ったけど、惚けたように薄っぺらい笑みを作って、とりあえずその場を凌いだ。


 そんな会話をしながら電車を待つと、電光掲示板とアナウンスが、電車の到着を予告する。そして程なくして、ホームに電車は滑り込んできた。


「じゃ、じゃあいきましょうか」

「…うん」


 変に空回った龍樹に牽引されて、俺はまだラッシュのピークではない電車に乗り込んだ。



---



 結構早い時間に電車に乗り込んだが、あの駅から学校最寄りまではそれなりに時間がかかる。

 そのため、乗車中には通勤学ラッシュを迎え、無事人の波に揉まれることとなった。


 なんとかドア前のポジションに付けたものの、それほどスペースを確保できるわけでもなく。

 実にベタではあるが、龍樹と限りなくゼロ距離で密着することとなった。


 しかも、向かい合わせで。


 勉強会をした帰りも一緒に電車を乗っていたが、ここまで混雑することはない。

 だからか、龍樹はこの密着した状態に、心を荒ぶらせていた。


『五見さんの顔がすぐそこにっ、!?体温とか匂いとか間近に感じられてっ…〜〜〜』


 昨日の相合傘の時もそうだったが、やはり彼女は男と近距離密接することにさほど慣れていないようだ。

 まぁ、この年で慣れすぎていてもそれはそれでまずくはあるのだが。


 とはいえ彼女はとりわけて耐性がなく思われる。

 心の声の動揺は騒がしいけれど、ここは俺が我慢して──。



『な、なんだか……、体にものが当たってる……もしかして、』


「うんごめん。鞄すごい邪魔かもしれない、すごいぶつかってるかもしれない」

「い、いえ、大丈夫です」


 とんでもない謂れをされようとしていたので、すかさず口を開いた。

 それ以上は俺の尊厳に関わりそうだ。


 捲し立てて言ってみせると、龍樹は気圧されるように納得した。

 心の声で『そうか…、鞄か…』と言っていたので間違いない。残念がってるような気がしたのは多分気のせいだろう。

 

 うん?実際反応していたのかって?


 そんなの言えるわけがない。

 でもまぁただひとつ言えるのは、この状況に動揺していたのは龍樹だけではなかったということだ。


 

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