エピローグ
俺がいなくても、この世界、この日常というものは回るものだ。まぁ、そういう風に立ち回ったのだが、逆にそうでなかったら困る。
千紘はあいも変わらず単純で、底抜けに良いやつだし。裏庭は俺がいてもいなくても静けさに包まれている。
授業はいつも通り進行するし、木更は通常運転で龍樹の付き人に接している。
例え、ひとりの男子高校生がいなくなったとて、世界は正常に動き続けるのである。
「お〜い、なにボーッとしてんだよ」
バシッと背中に衝撃を喰らって、俺は素っ頓狂な声をあげながら背筋を伸ばした。
「っんだよ、驚かせんな」
「ぼーぜんとしてるから悪いんだよ。なんだ?昨日の熱にまだ浮かされてんのか?」
「…ちげぇよ」
弄るように笑う千紘に、俺はぶっきらぼうに返事をした。
そう、五見怜という存在は、まだ生きていた。
散々消える消える言ったじゃねぇか、って?あの光は何だったのかって?
いやまぁ、それらも別に嘘ではない。
嘘ではないんだが……あまりにも効果対象が小さすぎたのだ。
何度も言うが、俺はテレパシーを制御できないように、この超能力全般を自在に操ることなんかできない。
そしてそれは、記憶を消すという能力においても例外ではなく。
あの時俺の使った能力は、コントロールが上手くできなかったためか、効果が極めて矮小化され。
『たった1日だけ存在がなくなる』という結果に留まった。具体的に言えば、その日中に起きた俺に関することの記録が消えた。
だから、その日以降も存在が消えているというわけではなく、次の日、つまり今日には元通りになっているというわけだ。
不自然に空白が生まれることはあるが、それは世界の法則か何かなのだろうか。整合性を保つために、俺はどうやら『熱で学校を休んでいた』ということにされて記録されている。
まぁ小難しい話はこれくらいにして、つまり言えば結局記憶は消えていないというわけだ。
だから、龍樹も相変わらず隣で、ピンクい妄想をしている。
『はあぁ、すっごくムズムズする……』
荒い息を吐くような思考を繰り広げる彼女。
これがあの時、可憐に涙を見せていた少女と同一人物だとはとても思えない。
「ねぇ、莉央ちゃん────」
そこに、木更がやぁやぁという風に近づいていった。
大家さんの調べによれば、『やはり学校にスパイがいた』というのは認められなかったらしい。つまり、組織の人間が潜り込んでいるというようなことは起きていないというわけである。
じゃあ、この木更はいったいなんなのか。散々怪しい言動を繰り返していたのに、何も関わりがないと言うことなのか。
俺も、さっぱりわからない。
龍樹への異常な執着は事実であるものだから、あの発言に無理やり整合性を問うなら『彼女が生粋の龍樹のストーカーだったから』と言うほかない。
なんだそりゃとは言いたくなるけども。
まぁ、そういうことだから、結局俺はまだこの街にいることとなった。
まだ逃亡の準備も整っていないし、逃亡はせめて、とりあえず次の移動先の目処を立ててから、ということに決まった。
結局先延ばしでしかないというのは、まぁもっともなんだけどね。
だが、この先延ばしで生まれた時間の中で、どうにか自然にフェードアウトできる環境を作らなければならない。
また無理やり記憶を消すのは流石に厳しい。ほとんど命を削るくらいの労力がかかるのだ。そんなことをしないで居なくなっても後腐れないようにしないと。
……その障害には、龍樹という大きな壁が存在するのだけど、まぁそこもしっかりと考えていかなければな。
超能力という大それた能力を持っているというのに、まさか隣のクール美少女が辛い存在になるとは、少し前の俺にとっては思いも寄らなかっただろう。
「五見さん、今日一緒にお昼食べませんか?」
「えっ、あぁ……うん。いい、よ」
「っ!わかりましたっ、では、またお昼休みに」
彼女の急な誘いに戸惑いながらも、了承してしまう。
あの時散々己を反省したというのに、未だ振り回されて籠絡されてばかりである。
……でも、少しだけ。
無責任かもしれないけれど、少しだけこのままでいたいと俺は思ってしまうのだった。
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本作をお読みいただき有難うございました。
ここまで応援してくださった皆様、深甚なる感謝を申し上げます。
あとがき
https://kakuyomu.jp/users/O-miyabi/news/16818023212837711203
テレパシストだけど、隣のクール美少女が脳内ピンクすぎて辛い オーミヤビ@1/24書籍発売 @O-miyabi
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