第40話 責任と別れ
今この世界で、疲労困憊という言葉が最も似合っているのは多分俺だ。
力という力を、全て出し切った。
テレパシー、サイコキネシス、サイコメトリー、千里眼、パイロキネシス、エレキキネシス、そのほかエトセトラ。
俺をたらしめるこの能力を全て利用した。不慣れながら上出来ではなかろうか。
あたりは、瓦礫や元々倉庫に置かれていた物が破裂して散乱している。
かろうじて建物が全壊するようなことはないが、いつ崩れるかはわかったものではない。
まぁ、ありったけをぶっ放したのだから、それくらいダメージを受けてもらわなければ困るのだが。
キョロキョロと、砂煙の中を見回す。
彼女の、龍樹の安否はどうなっているか。
彼女を巻き込まないよう、最大限の配慮を効かせて放ったつもりだが、もし巻き添えを喰らっていたらとんでもないことだ。万が一そうなっていたとしてもすぐ対処するために、今最善を尽くさなければ。
そんな心持ちで、心身ボロボロな体を鞭打って足を前に運んでいると、ふと砂煙の向こうに人影が見えた。
「……五見…くん?」
そこには、何が何だか分からない様子で床にへたり込む、龍樹の姿があった。
爆風と砂煙のせいで、美しかったあの髪が少し乱れてしまっているが、それ以外にはこれといって異常は見られない。どうやら無事であるらしい。
だが心情的には平常そのものではないのだろう。不安そうに俺の……偽名をこちらへ呼びかけてくる。
「龍樹」
俺もまた、彼女の名前を呼んで応える。
すると龍樹は、みるみると顔を歪めて、ついには涙でいっぱいに。
そしてそのまま、彼女は跳び上がるようにして俺の胸の中へ飛び込んだ。
「ぅおっとっ…」
身構えていなかったのと体がボロボロなこともあって、若干体勢を崩してしまうが、なんとか倒れてしまうことにはならない。
龍樹は俺の胸に顔を埋めて、まるで声を押し殺すように涙を溢していた。
「どう……してっ…」
その言葉には多くの意味を含んでいることを、俺はテレパシーが無くても察することができただろう。
だから俺は、さらに多くの意味を込めてこう言うことしかできない。
「……ごめん」
こちらも、龍樹を腕の中に迎え入れて頭を撫でてやる。
どうせ最後なら、これくらいしても良いのではないかと思ったのだ。
お互いの心音と温もりを確かめ合ったまま、どれほどの時間が経っただろうか。
龍樹はそっと、俺から離れる。まだ目元はぷっくりと赤く腫れているが、幾分かは落ち着いただろうか。応じて俺も腕を解いて、彼女を解放する。
「…教えてくださいよ、いろいろと」
たっぷりと沈黙を味わったあと、彼女は重々しくそう口を開いた。
端的な一言だが、実にもっともな発言であった。
「………まぁ、そうだな。話さなくちゃいけないことは沢山ある」
ここまでド派手に暴れたなら、盗聴とかそういう心配はもはやない。言葉をよく選択して、俺は己のことについて話し始めた。
「まずは…う〜ん……、俺はテレパシスト…いや、エスパーなる者なんだ。幼少期に少し込み入った事情があって……いや、これも話したほうがいいか」
稚拙な話し方にはなってしまうが、彼女は真面目な顔でそれをしかと聞いている。
「だから、こういうこともできるわけ」
向こうに転がっている瓦礫を引き寄せてみせる。
そして握り拳を作ると、やってきた瓦礫は微塵と言うべきほどまでに粉砕された。
「まぁ、テレパシーはいつ聞こえるかわからない…念動力は力加減ができないし、千里眼も調節ができないからどこまでも遠くが見えてしまう。なんて、完全に操れるというわけではないんだけど」
ひらひらと手を首を振ってみせるが、龍樹は依然とキョトン…というような、状況が飲み込めていないような表情を見せた。
まぁもっとも、いきなり「私は超能力者です」なんて言われて「あぁそうなんですね」と納得できる人間の方が少数派ではあるのだが。
「……心が読めるみたいに思ってたけど、実際に読めてた…ってことですか」
「あぁ…、うん。そういうこと。なんか、ごめん。期待を裏切ったみたいで」
確かに彼女は、俺のことを物凄い察しの良い人間のように思っていたようで、それで少なからずの尊敬の念を抱いていたことを俺は知っている。
だからその意味で言えば、彼女の期待と尊敬を裏切ったということになる。
「……いや、いいんですよ。それも怜くんの個性なのですから、別に構わないじゃないですか。それに────」
「私の心を理解してくれたということだけで、本当に嬉しいですから」
彼女は本当に、輝かしい微笑みを浮かべて言う。
心臓が跳ねるように脈打つ。不覚にも、ドキリとしてしまう。
この能力をもって踏んだり蹴ったりなことも多かったけれど、少なくとも今は、それもいいかな、なんて思えてしまう。
あまり、認めたくはないのだけど。
「……あれ…。でも、心が読めるということは───」
ふとしたように、彼女は口をつぐみ、目を丸める。
何に思い当たったのかと言えば、そりゃあナニであろう。
「っ…、まぁ。うん……まぁ」
俺はハッキリとモノを言うことができず、曖昧にはぐらかしてしまう。
が、そんなことをすればもう、答えてしまっているようなものである。
「〜〜〜〜〜〜っっっ!!!??!」
顔から火が出るように、という比喩がこれほどまでピッタリと合う場面もそう無い。
彼女は顔を隠してしゃがみ込み、言葉とも言えないような音をあげて悶えた。
「そんなのっ、反則じゃないですかぁ…っ」
「いや…、あんまりテレパシーのことを言うのは嫌だったからさ…」
まぁ、あれだけ恥ずかしい妄想を聞かれていたとなれば、そういう反応になるのも致し方ないが……、申し訳ないけど能力のことはそう易々と言えないものでね。
「……でも、もうここでお別れだな」
「え?」
キョトンとしたような表情と声を洩らす龍樹。俺はそこからの表情の変遷を直視することはできなかった。
「どういう、ことですか」
「……逃げているんだ。俺は……いわゆる改造人間で、そういう研究施設の中で生まれ育った」
もっともな彼女の疑問に答えるように、俺は過去を回想する。
「俺の素性については、俺自身もよくわからない。肉親が何者なのか、そもそもヒトであることすら怪しいくらいさ。この……『五見怜』という名前も、当時付けられた識別番号
……自分で言ってても、おかしな話だと思うけど、実際そう言うわけだから仕方がない。俺が、実験マウスのような存在であったのは確かなのだ。
「まぁ人権なんてフル無視したみたいなところだったところでね……いや、人間をいじくってる時点で倫理観なんてものは端から無いんだろうけど」
「プライバシーもなくて、一挙手一投足が監視されていたんだけど……ある日ちょっとした事件が起こったんだ」
彼女の表情を一瞥する。
瞳孔は縮まり、困惑した心情を揺らいだ視線が如実に表している。
「詳しくはいえないけど、まぁ爆発テロみたいなもんだ。俺は……、俺と今住んでるアパートの大家さんは、その隙をついて逃亡することに成功した」
あの時のことをよく覚えている。命令されるがまま生きていた俺は、緊急事態に何をすればいいのかわからなくて。そんな時に、唯一倫理的な思考を持っていた彼女が、俺を連れて逃げ出してくれたのだ。
……彼女には過去も今も世話になりっぱなしだ。
あの時脱出していなければ、こんな状況にはなっていない。少なくともそれは、良い方向として働いている。
「でも……、フィクションとかでありがちじゃない?研究施設の連中は、逃亡した奴らを片っ端から捜索することを決めたみたいでさ」
おもむろに天を仰いでみる。
空の向こうに、連中の所有する衛星が光っているのを俺は知っている。
それでも見つけられないのは、まぁうまくやってるということだ。
「いろんな場所を転々としながらこれまで生きてきた。連中の手が伸びてきそうになったら、また別のところへ行く…という風に」
「で、今回もまたその時が来たということさ」
「……そ、んな」
声が震えている。彼女を取り巻く悲しみと衝撃がテレパシーを通してこちらにも伝わってくる。
「最初から…わかっていたことなんですか…?」
「…まぁ、そうだな。ここまで早すぎるのは想定外だったけど」
龍樹の目に、涙が溜まっていく。
また、泣かせてしまって、俺は本当にダメなやつだなとつくづく思う。
「散々振り回して、こんな目にもあわせて……本当にごめん」
……だから、最後くらいちゃんと責任を取らなければならない。
「今から、君の記憶を消す。そういう能力があるんだ。それを使う」
こういう形になってしまうのは、申し訳なく思うけど、でもそれしか方法はなかった。全てを、白紙に戻すことしか。
「記憶をっ…ですかっ…!?」
「あぁ、君の記憶を…いや、クラスや学校、この街に居たという俺の記録を、全てを消去する」
言うなれば、俺がこの街にやってくる前の状態に戻すということだ。
もちろん俺のことに関する記憶は全員の元から消え去り、2度と思い出すことはない。それは……、すごく悲しいことだけれど。
「そんなのっ…ダメですっ!だって、五見さんは私の…本当に初めてのお友達…じゃなくて、いやその…」
断定的に俺のしようとする行為を止めにかかるが、その後の言葉に少しまごつく。
まぁ、なんという言葉がその後に続くのかは大体察しがつくけれど。
「知ってるよ」
だから、彼女が言い切る前に俺は言葉を被せた。
「さっきも言ったけど、俺はテレパシストだからね。龍樹の気持ちは、全て知ってた。だからこそ、それは突き放さなければいけないと思ってた」
……そう、俺は彼女といるべきではない。
いや、そもそも真人間とは関わるべきではなかった。
今まで薄々そう思っていたけれど、今回の件で確信に変わった。
「…まぁ、結局振り回してしまう結果にはなってしまったけど」
だからもうこんなことは、やめにしよう。
「本当に、ごめん。そして……嬉しかった」
せめてもの返事として、俺はそう言った。応えることはできないから、直視することから逃げるため、あえて何のことに対する感謝なのかは言わなかった。
「そう思うなら、正々堂々と…、私に言わせてくださいよ…」
「……ごめん。でも、それを言う相手にはもっと最適な人がいると思うよ」
そう、俺なんかよりももっと大切にするべき人間がいる。
その言葉は、それまでに取っておくべきだ。
「…じゃあ、」
握っていた拳を解いて、パーにする。
と、その手のひらから強烈な閃光が走り、この世界を包み込んだ。
闇夜だというのに、真昼間よりも眩しいソレが辺りを支配する。
五見怜という記録を、完全に消し去るために。
「五見さんっ……!私は─────」
光が視界の全てを白く塗りつぶす前に、彼女の涙が視界に映った。
こちらに触れようと手を伸ばしているが、それは叶わない。
だが、最後に放った言葉は、本当に大切で大切なことで。
俺に向けられたというのがもったいなくて感じられるけど……しかし、いやだからこそ、せめて笑って返すことにした。
「俺も、おんなじ気持ちだった」
その返事に、彼女がどのような表情を見せたのかはもはやわからない。
そしてその瞬間に五見怜という存在は、その日この街から消え去ったのだった。
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