第38話 ≠
『『『──────────』』』
四方八方から、ありとあらゆる人間の思考が脳に流れ込んでくる。頭が破裂してしまうのではないかと思えてしまうくらいの頭痛が、一定テンポで俺を襲う。
意識も不安定だ、視界が二重三重にブレている。自分が今どんな体勢で歩いているのかということさえわからず、ままならない。
だが、そんなことで甘ったれていられる権利は、俺にはない。
龍樹が連れ去られたのだ。誰にかはわからないけど、でも多分、俺関連である可能性は高そうである。
そういうことなら、彼女が攫われた原因は俺でしかない。無関係の人間を巻き込んでしまった時点で、このまま逃げ出すことなど許されない。
まして俺は、彼女の心を弄んでしまったのも同然なのだ。最初から拒絶していれば、こうにはならなかった。あの日、痴漢から彼女を助けた後、いつも通りモブAの装いに戻ればよかったものを……変にいい人ぶって、常人ぶって。
中途半端な行動の責任を拭わなければならない。
………しかし、そんな心持ちとは裏腹に、体はそうも言っていられないようで。
「……はァ……はァ」
打たれているのかと錯覚してしまうほどの勢いを持つ雨の中。冷たさを超えて痛みすらも全身から感じられる。そもそも、能力が暴走している時は体が著しく弱っているので、妥当と言えば妥当な反応である。
「……クソッ」
ままならない己の体に悪態をつきながらも、少し立ち止まる。震える体を、これまた震える腕で押さえつけて、なんとか倒れ込みそうなのを防ぐ。
だが、呆けてもいられない。歩みを止めるなら、場所の見当をハッキリとさせる時間だ。
『──────』
テレパシーの波に潜り込み、龍樹の声を、犯人と思わしき声を探る。砂粒ほどに膨大な情報の合間を縫っていくような作業に近く、普通の人間がとてもできる内容ではないが、しかし俺は普通ではないのだ。
それは、一般人の観点から見ても、テレパシストの観点から見ても。
人差し指と親指の先端をくっつけ、輪っかを作り、その間を覗く。
「………。……っ!!」
俯き加減だった体をピシャリと跳ね伸ばす。
「見つけたッ…」
沼底にハマったみたいに重い足を、再度前へ運び、俺は歩き始める。連中のもとへ、龍樹のもとへ。
---
「……居たッ」
そう、思わず呟かずにはいられなかった。
連中のことだから俺への対策は万全すぎるだろうと思い、できるだけ限りなく遠いところから様子を窺っているが、確かに彼女の存在を確認できた。
場所は、町外れにひっそりと建っている、赤錆びれた倉庫の中。なんでこんなところにポツリ残っているのか疑問ではあるが、調べてみるとそこそこ昔の頃に利用されており、道具の出し入れなどの負担を考えて取り壊しができずにいるらしい。
とりあえず、壊しても取り立てて大きい問題が起こるわけではないということだ。
龍樹は、ボロボロな椅子に座らされ、睡眠剤でも飲まされたのかぐったりと意識を失ったらしく眠っている。縛り付けられてはいるが、外傷などは見られない。
ひとまず安心ではあるが、連中がどんな手を使っているのかなんてわかったもんではないので、完全に彼女の無事が確認できたというわけではない。
そして、殴り込みに行くことには代わりないな。
見張りの数は……それなりにいるようだ。肉眼では少なく見えるが、カムフラージュをしているらしい。俺相手にそんなこと、無駄ではあるのだけど。
だが、どちらにせよ、全員まとめて一発で落とせないと、俺が逆に襲われて終わりだ。久しぶりの状況だし、久しぶりの使用だけども……やるしかない。
諸々の責任を、返上する時だ。
---
夢を見ていた。
暗闇が渦巻く空間の中で、私は膝を抱えて座り込んでいる。自分でもどうしてそんなところで、そんな行為をしているのかわからない。
どこか俯瞰するような気持ちで、私はその夢の中にいた。
次第に四方八方の闇の中から、黒く、蛇行する手のひらはこちらへと伸びてかかる。しかし私は振り払うでも、逃げるでもなく、依然と座り続けるのみ。
心では逃げなきゃ、なんて思ってるのだけど、思うように体が動かない。
嫌だ、助けて、誰か。
そう叫んでいるのに、声にはならない。まるで私が、私という檻の中に閉じ込められているのではないかという気分に陥った。
そうしている間に、黒い手は私の全身にベタベタと張り付き、覆っていく。光が、視界がだんだんと狭まり、失われていく。
やがて、全てが黒に呑まれそうになったその時。
「─────」
口元が、わずかに震えた。自分でもなんと言ったのかわからないほどだったけれど。たしかにそれは『───たす─けて』という私の叫びであった。
---
「………〜〜〜ッッッッ!!」
まるで、金属音にも似たものが脳内に響き渡って、意識が覚醒する。
不意に照らされる光に目が慣れず、思わずしかめっ面をするけれど、視界が落ち着いてみると目の前には異様な光景が広がっているのがわかった。
「……え?」
物が乱雑に置かれているあたり。何かしらの倉庫のように見受けられるが、その割には変に武装のような格好をした人間が多すぎる。
銃のようなものも携えており、まるでここだけ日本ではなく海外の張り込み場所か何かなのかとさえ思ってしまう。
……どうして私はこんなところにいるのだろう。
記憶を遡っていく。
後頭部に食らった衝撃、雨の中佇んでいる時の心情、涙から逃げるように疾走した感覚。
想い人から吐き捨てられる『嫌い』という言葉。
……あぁ、私は。
彼に、怜くんに。拒絶されたのだ。まるで人が変わったように激昂し、彼らしくもなく力任せに押さえつけられた感覚が思い出される。
いつもの私なら、少しくらい喜んでいたのかもしれないけれど、思いの丈を吐き出した後のあの反応には、さすがに気持ちは耐えられなかった。
彼は、言っていた。「俺の何がわかる」「上っ面しか知らない、嘘に踊らされている」などと。
たしかに、私は彼と深く知り合っていたとは思えない。思い返してみれば、彼のことについては知らないことばかりだ。聞いても煙に巻かれるようなころも多く、確かに心を開いているのだと感じたことはあまりなかった……かもしれない。
それはただ単に、私がコミュニケーションに難があるせいかと思われたけれど…。
今考えると、怜くんは、『五見 怜』という……人間ではないのだろうか。彼の言い様から、そう感じさせられる。
「…!」
不意に、人の気配を感じた。思わず身を引っ込めようとしたが、体が椅子に縛り付けられているようで動けない。
そうしている間に、気配の存在が目の前に現れる。
それは、二人組の…白衣を身に纏う男性ら。マスカレードマスクのような物をつけているため、素顔は隠されているけれど、見た感じだと西洋人という印象の容姿新調であった。
「───」
「────」
「──」
何かを話し込む二人。
何語かはわからない。少なくとも、日本語や英語ではない何かの言語を使用して、短い会話を繰り広げている。
その異様な雰囲気が、余計に不安を駆り立てている。
「───────」
不意に、ギョロリと、マスク越しでも二人の視線が私を向いたのがわかった。
「…ぁ、ぁ…」
何か声を出そうとしても、恐怖と焦燥で掠れたものとなってしまう。カチカチと歯が鳴っており、震えが椅子をカタカタと揺らしている。
「──────────」
一方の男性が、私の方へ手を伸ばした。
顔に影がかかり、まるで顔面を覆い被さるように伸ばされた手のひらを前にして、私は抵抗もできないでいる。
いったい何をしようとしているのか。おそらくろくでもないことは必至だ。
ぎゅっと目元が痛く熱くなり、視界がボヤンと歪む。
そしてその視界を、男性の手のひらが覆い尽くす。
その前に。
───────ガシャアアアアアアアン!!!
強烈な音が炸裂し、この建物の窓という窓が粉砕された。
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