第26話 カップル?
腕を組んでいるという状態のまま、道ゆく人に爆発を希望されることもありながら歩みを進めることしばらく。
「すごい人が並んでますね」
「、みたいだね」
ずらりと並んでいる行列が目に入った。パッと見た感じでは、若いと思われる年齢の人が多い。こんな平日から行列ができるのは、彼らが目当てにしているものにそれほどの価値があるという証左であろうか。
「目当ては……クレープ屋、かな」
行列の終着点に視線を向けると、そこにはこじんまりとしたクレープ屋が。甘い匂いが漂っており、道ゆく人がクレープを持っていることにも気づく。
特段甘いものが好きなわけでもなくむしろ苦手よりの俺ではあるが、朝何も腹に入れていないということもあって、すれ違いざまに香るホイップやらイチゴやらの匂いが脳を焼いてくる。
「ずいぶん人気なんですね、時間もありますし、少し並んでみませんか?」
「……そうしようか」
だから、彼女の提案は渡りに船といったところだった。
彼女も案外ミーハーなんだな、なんて適当に思いながら列の最後尾に着く。店から50mくらい離れており、かなり長めの列であることは請け合いであるが、まぁ本日の目的である舞台には余裕で間に合うので大目に見よう。
「すごい行列ですね」
「休日だったらもっと混んでたかもね」
雑談を交えながら、列はゆっくりと進んでいく。前の人が買っている間は列が止まっているため、進みは牛歩という言葉が最適なほどにスローペースだ。
先ほど目に入った昇りにあったが、注文を受けてから作るようなので、それもこのテンポの悪さに拍車を掛けているだろうか。
……だがそれもまた、目的に辿り着くまでのワクワクさづくりに一役買っていて悪くない気がする。
『何度見ても凄い列だなぁ』
「っ、〜〜〜……」
まぁもっとも、その間も龍樹に腕を抱かれ続けていたので、ワクワクや行列の苛立ちなんかより、そっちに意識を持っていかれていたが。
「いらっしゃいませ!」
そんなこんな十数、あるいは数十分後。
店まであと数歩というところで、店員と思しきエプロンを着けた若い女性が出迎えた。
「こちらメニューとなります、順番が回り次第オーダーを承ります!」
「ありがとうございます」
店員さんの案内に従って、龍樹とふたり、メニューを眺める。イチオシや期間限定がデカデカと記されている一方で肩身を狭くしている常設のクレープ達以外には、ドリンク系やらスナック系やらといったラインナップである。
「五見さんはどうします?」
「俺は……どうしようかな、普通にいちごとかで良いやって思ってたんだけど……バナナとかチョコとか色々あるもんだなぁ」
メニューとにらめっこしながら、頭の中で候補を絞っていく。甘いものがそれほど得意じゃないとはいえ、さすがにクレープひとつも食べられないほどではない。
しかしどうせなら、何か目新しいものを頼んでみようかな……と色々思案してしまう。なけなしの金を払うのだから、優柔不断だのと言ってはいられない。
「それなら、シェアして食べ比べしませんか?」
「っ、食べ比べ?」
龍樹の思いも寄らぬ発言に、俺は目を丸くして腕に巻きつく彼女の方を見てしまう。
「はい、私はイチゴとホイップにしようと思うので、五見さんはバナナとチョコにすれば、両方とも楽しめますよ」
うむ、実に合理的な判断だろう。しかしそれでいて、実に恥ずかしくなってしまうような提案であった。
もし俺が普通の人間だった場合、これに対する反応の仕方次第では今後の関係性に影響が出てしまうこともあり得るのではないか。
間接接触というものをどれほど意識するのか、大袈裟だが男女の友情のキーはそこにあるんじゃないかと思う。
「……いいね、うん。そうしようか」
結果として俺は、その提案に乗った。いろいろ逡巡の過程はあったものの、結論の決め手は結局彼女の気持ちだ。
『両方楽しめて一石二鳥ですねっ…!』
実にピュアピュアとしており、そこに何かの濁りなんてものは感じられなかった。
普段あんなにもピンクなのに、どうしてこういう場面に限ってはソレが発動しないのか甚だ疑問ではあるものの、彼女が意識していないというなら俺も変に意識する必要はない。
「ご注文はお決まりですか?」
レシピを眺めていると、案外この列も短く感じられるな。
「はい、えっと…、この国産とちおとめとジャージー牛乳───」
店員に促されるまま、俺は無駄に洒落て長ったらしい商品名を口にする。
イメージ図のままでいけば、簡単に言えばいちごホイップとチョコホイップバナナ。前者は龍樹で、後者は俺の注文だ。
「──で、お願いします」
慣れないながら噛めずに言えたのは褒めていただきたく思う。原材料をまんま商品名にするのはセンスを疑いたくなるな。
「はい、イチゴホイップとチョコホイップバナナですね!」
「……あぁ、はいそうです」
……じゃあ、最初からそう書いとけよ。
と、当たり前だが口には出さず心の中で愚痴を吐く。
これで注文は終わりだろうと列を逸れようとする、と───。
「カップル割引はご利用になりますか?」
「……「カップル割引…?」」
二人して、店員の衝撃的提案をオウム返しする。
注文ギリギリでした『シェアして食べる』という話を聞いて、『カップルが仲睦まじく互いのものを分け合って食べる』とでも捉えたのか、あるいは年頃の男女2人が並んでいるのを見て単にそう判断したのかは、俺の知るところではない。
「はい、カップル様限定で割引を適応することができます」
「…あぁ、いや、大丈夫────「はい、お願いします」
ギュッと右腕に加わる圧力が強まったかと思えば、耳に入ってきたのはまたしても思いに寄らぬ発言であった。
「ちょっ、龍樹さんっ…!?」
「お、オトクになるのであれば仕方がありませんでしょうっ…」
急いで彼女の方を向くと、顔を伏せたまま身を縮こまらせていた。しかしその頬はこれでもかと言うほど真っ赤に染まりあがっており、今の発言が単なる照れ隠しであることを表している。
「いや…でも」
意味もなく龍樹と店員の顔に視線を行き来させてしまう。そんな、嘘をついて割引を得ようとするほど切羽詰まってはいないし……まぁ安く買えればそりゃいいんだけど──。
「えぇっと、ご利用いただけますと、全商品が5割引されますが……」
5割か…、まぁそれくらいなら…。
いや5割!?
「えぇ、カップル割引、お願いします」
「!?!?」
腕に巻き付く龍樹を引き寄せ、俺は割引を受けることを店員に伝える。
うん、流石に半額には勝てなかったよ。
「……かしこまりました!少々お待ちください!」
にこやか笑顔のまま裏に引っ込んでいく店員。しかし彼女とその他周りの人たちにどう思われているのか俺はわかってしまう。
『はよ付き合えや』
…耳の痛い話だ。
---
「さっきは無理に引き寄せてごめん」
「…本当ですよ。どれだけびっくりしたことか…っ」
空いた所へ移動し、いい加減腕に抱きつくのもやめて手にはクレープを持つ龍樹。
先ほどの行為を謝罪すると、ジトーっとした目で俺を見つめてきた。
「いや、確かにあれは別に要らなかったしな…」
「全く、半額になって驚くのもわからなくはないですが、それにしてもです」
自分でも反省すべきだなと思う。時と場合を間違えたら、事案になりかねないし。
「ホントにごめん…」
「……でしたら、」
!?
「ぁむ……、これで赦しましょう」
こちらに詰め寄ったかと思ったら、とった行動は……、俺のクレープに齧り付くこと。
口元についたホイップを舐め取って、恥ずかしさを隠した口調でそう言ってのける。
「いや元々シェアするつもりだったし、そんなのでいいの?」なんて言おうと思ったけど、あまりの突然のことに情報を処理できず、口に出すことはできない。
……だって、仕方がないだろう。
俺はどうにも、意識してしまう側なのである。
頬張ったところがちょうど俺の食べかけだったことに彼女は気づいているのか。
流れてくるテレパシーに耳を傾けることはできなかった。
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