第4話 クール美少女を助けてみた
『へっ、なっ、あっ、バレっ』
ポメラニアンが吠えてるくらいにチンケな俺の睨みでも、やはり赤の他人からの敵意というのは効果テキメンらしい。痴漢野郎はあからさまに動揺した心の声を発していた。
なんで犯罪できる度胸はあるのにバレたくらいでそんなテンパるんだ。だったら最初からしなきゃいいのに。いや、異性に声をかけられない小心者の闇堕ちルートと考えれば不思議でもないのか?
「あんた、痴漢だよそれ。犯罪」
「は、あっ」
犯罪、と口に出すと、痴漢は脳内で勝手にいろいろ喋ってくれる。おそらく、自分の過ちに気づいて先行きの心配でもしたのだろう。家族とか、勤めてるところとか、いろんな個人情報を巡らせていた。
「親もきっと泣いてるよ、結婚もせず碌な職にもつけず挙句やってるのが犯罪だなんて」
「!?、えっなんっ」
「今まで繋がってくれていた友達ともお別れかな。お金は豚箱に入る前に返すんだぞ」
今まさに思考したことを、目の前で言われて度肝を抜かれたような表情をする。あまりに思考が速くて掻い摘んでしか聞こえなかったが、脅かしには抜群だったらしい。
でも、どうすりゃいいんだこっから。駅員とかに引き渡せばいいのか?駆けつけるまで取り押さえとかなきゃ…ダメだよな?
いかんせんこういうときの対処法がわからないので、いろいろ考えてみる。
…とその間に、ピンコーンと音を響かせて電車のドアが開き、まさに水が流れていくように人がなだれていった。
「あっ!」
その勢いに乗じて、痴漢は俺の腕を振り払い、電車を降りた。油断した、脅かしすぎた。
「痴漢、その人痴漢ですっ!!!」
俺も追ってやろうと思ったが、すぐに人の波が逆流してきたので、叶わなかった。せめて叫んでみたが、みななんだなんだと眉をひそめるのみで、逃げゆく犯罪者を通していく。こういうとき、俺が心の声を聴くだけでなく発信することも出来れば、何か違ったのだろうか。
…ちくしょう、ままならない。
そのまま虚しく、ドアは再度機械的な音を立てて閉じられた。俺の方を見る視線と、怪訝そうに、迷惑そうにした心の声が追って感じられた。
犯罪者に対面して興奮状態になった体も、少し冷める。そこで、別に忘れていたわけでもないけど、思い出したかのように彼女の方を見た。
「え?」
俺は今、最も間抜けで失礼なことを思った、あるいは口にしてしまったかもしれない。
あの鉄面皮の龍樹が、顔を歪ませるほどにクシャクシャと泣いていた。
---
あのあと次の駅で降車し、すぐに駅員へと報告。対策してもらうことにはなったが、いかんせんやはり証拠がないので、とりあえずは指名手配…というか、不審者情報を出してもらう程度に留まった。やっぱり人の波を押し切って追っておけばよかっただろうか。
「えほっ……っ……こほっ」
「……」
そして現在。電車のホームにて、俺はどうしたらいいかわからなくなっていた。
龍樹は、俺が渡した水のペットボトルを両手で持ち、依然とボロボロと泣いている。今までこれほど表情を変えた彼女は見たことがない。よほどの恐怖だったのだろう。
……いや、そりゃあそうだよな。知らん男に触られるなんて尋常じゃないくらいキモいしな。
散々脳内ピンクだなんだと彼女に対して思っていたけど、別に変態とか淫乱とかいうわけではないんだ。ただ趣味がそういう方向だったわけで。だからエロ漫画みたいな展開にはなるはずもない。
少しでも、実は喜んでんじゃね?なんて思ったことを切に謝罪したく思う。
「……」
やはり、周囲の視線と声が気になってくる。
この状況。もし
『うわ、カップルの痴話喧嘩』
『ちょっと彼女さん泣いてるよー?彼氏ー?』
『は?あんな可愛い子泣かせるとかなんなん?』
事実無根な理由で、俺は多方面から叱責を浴びていた。いやまぁ、そんなことで喰らうメンタルしてないが、やはり釈然としない。
「龍樹…さん、大丈夫そうか?」
俺から一方的に強い印象を龍樹に抱いているが、彼女からすれば俺はモブもモブな存在だろう。呼び捨ては流石にアレか、と思ってさんを付け足した。結局タメ口だからあんまり意味ないかもしれないが。
「……」
彼女は袖でゴシゴシと目元を拭って返答しようとするものの、それは言葉にならない。そして心の声もまた、ままならないものとなっていた。
『だなてっいにんっん人お怖あなか礼男ったし助の怖いとたか……』
何を言っているのかわからない、ぐちゃぐちゃな感情の濁流を文字起こしにすればこんな感じだろう。
人間ってのはそんな単純な生き物ではなく、いろいろな物事を並行して考え、感じている。特に今の彼女みたいにパニックに陥ってしまえば、様々な感情が湧き出て、思考し、結果纏まらなくなってしまう。さっきの痴漢野郎もそうだったしな。色々な記憶や事柄が脳内を錯綜するのである。
まぁだいたいの心情程度なら読み取れる。龍樹の今の心情といえば、恐怖、緊張、そして俺に対する感謝…みたいなところか。
わかったところで、俺に何ができるのかという話だ。何か気の利いた言葉をかけられるほど、俺のコミュニュケーション能力は高くない。
「えっと、自分で帰れ…なさそうだよね。親とか、友達とか、誰か迎えにきてもらった方がいいんじゃないかな」
だから、とりあえずこの後のことについて話すことにした。薄情と思われるだろうか、まぁ別にいいが。
「……えぇ、っと」
涙を呑み込み、絞り出すように彼女は声を発する。ゆっくりでいいよ、と俺が言うと、ペットボトルの水を一飲みした。そして、
「……じ、つは今日…家族いなくて」
「あら、それは…」
どうしたもんかな。このまま感情が落ち着くまで待ってあげるべきなのか。でも、そんなことする義理は……いや、乗り掛かった船だしなぁ…。
「それで…えっと、少し、心細い、というか」
それは、そうだろうな。
「こんなこともあったし、だから……さ」
伏せっていた彼女の目が、こちらを向く。結果的に上目遣いになり、普段のキリッとした目つきから考えられない弱々しい眼光に、一瞬ドキッとする。
…あれでも、この流れちょっと。
「今日だけ、泊めてくれ…ま、せんか?」
……。
「は?」
はあああああああああ!?!?
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