テレパシストだけど、隣のクール美少女が脳内ピンクすぎて辛い

オーミヤビ

第1話 クールなあの娘は脳内ピンク


 もし、他人の心を読むことができたなら。

 

 人とのコミュニケーションというのは難しいものだ。相手の腹の内を知ることができ、それに最適な行動を取ることができれば、どれほど楽なことか。そんなことが可能なら、みんなからの人気者間違いなし…なんて思うだろうか。


 でも別に、他人の心が読めるなんて、特別素晴らしいことでもなんでもない。

 むしろ、邪魔くさいまである。


 ……なんでそんな知った風な口を利くのかって?

 そりゃあ、俺、五見いつみれいことができるからだ。いわゆる、テレパシストって奴だな。


 こんなヘンテコな能力を手に入れて早十年程度は経つだろうが、コイツが機能してありがたかったのはババ抜きくらいだ。いやまぁもっと助けられてはいるんだろうが、それ以上にデメリットがデカすぎる。


 人の負の感情がそのままダイレクトに伝わって来たり、何かと人間不信になりそうになったり…と、挙げるだけキリないのだが。


 とりわけ俺にとって、最も難儀なのが左隣の席に座る彼女の存在。


 絹糸のごとく艶を見せる、色味の薄い黒髪。

 衣服から伸びる、産毛すらも生えていなさそうな純白の四肢。

 研がれたように鋭く、それでいてどこか色っぽい目は、神様が融通を利かせたのかと言いたいくらい整った顔のパーツの中でも殊更ことさら目を惹く。


 まぁ簡単に俗っぽく言ってしまえば、クール系美少女だ。


 口数が少なく、表情も全く変わらないことから「氷姫」なんて呼ばれてるらしい………が。

 俺からすれば、そんな印象は全くの的外れ。


 だって耳を澄ましてしまえば……いや、そうしなくても聞こえてくるではないか。



 

『はあぁ、すっごくムズムズする……』


 落ち着いたトーンで漏れ出る声。


『もう1週間はシテないし……』


 シテっ……!?


『……この教室には22本の竿と44本の玉が存在してるのよね……、あぁそう考えるとすっごく……♡』


 とんでもないことを言い出したかと思えば、脳内には全裸でズラッと並ぶ男子クラスメートの姿が…っ!!


 うわああああ!もうギブアップギブアップ!

 こんなの公然わいせつだろっ!!授業中になんてことを考えてるんだっ!!

 共有される俺の身にもなってくれっ…!!



 ………こほん。まぁ、こういうことだ。


 知りたくないことも知ってしまう…、知らされてしまう。

 そしてその衝撃を誰かに共有なんてできるはずもなく、ただ外見と中身のギャップに一人苦しめられるのみ。


 もっとこう、スマホみたいに着信拒否ができればいいのだが、そんな器用なことなんてできない。その日の調子次第で心の声が聞こえてきたり、こなかったりする。


『あぁ、逞しい槍でヒトツキされてしまったら…』


 そして心の声が垂れ流される日には、こうして彼女の妄想VTRが脳内に延々と流されるのだ。誰と誰が交わってるのかは曖昧だけども、肢体や繋がってる様子はそのままなもんだから、もはやAV同然である。


(無心…っ、無心…っ、無心っ…!!)


 悟りを開かんとする僧侶のごとく、授業中はただひたすら心を無にするのみ。


 ……が、まぁそれでまともに授業を受けられるわけもなく、こうしてこの時限と俺の成績は泡沫に消えていくのだった。




---




「よぉ、またうんこ我慢するみたいな顔してたな」


 ようやく強制性事情読み聞かせ大会が終わり、机に突っ伏していると、なんとも呑気な声が聞こえて来た。

 

「や、別にそういうわけじゃないんだけど…」

「へへっ誤魔化さなくていいぜ。小学生じゃねぇんだからそんなことで馬鹿にしねぇよ」


 数少ない俺の友人、壱護いちご千紘ちひろだ。

 出席番号が近いゆえに席も近かったため、席替え前はよく喋っていた。席替え後も、一人でいることの多い俺を見かねてか知らずか、こうしてよく話しかけてくる。


「いやぁ、面白かったぜ?隣の【氷姫】が超真顔だったから、余計に笑えたわ」

「…や、人の顔見て笑ってんじゃねー」


 氷姫、というワードが出て来て一瞬気が逸れたが、適当な返しをしておく。

 先にも言ったけど、氷姫というのは隣の彼女───龍樹たつき莉央りおのことだ。誰も表情が変わったのを見たことがなく、感情が凍りついてるんじゃないかっていうことで、こんなあだ名がついたらしい。


 かくいう俺も、彼女の表情が変わったところを見たことは一度もない。逆に言えば、彼女は無表情のままあんなドギツイ妄想をしているというわけで、いったいどんな表情筋と精神をしてるのか甚だ疑問である。


「そんなことより、さっさと飯食おうぜ。お前は今日も学食だろ?」

「うん、早めに行って席取っとくか」


 千紘の提案に乗って、俺も席を立つ。

 その拍子に、ちらりと例の彼女を、龍樹の方を見た。


 顔がいいからなんなのか、彼女は相変わらず女子達に囲まれており、その姿を男どもがチラチラ見ている。その間にも、龍樹の表情はぴくりともしていない。


 離れているから彼女が何を話しているかはわからない。いや、そもそもほとんど喋っていないか。周りの問いにうんとかすんとか返すだけで、全然言葉を紡いでない様子だ。


 美しいが無愛想、人形みたいな相手と会話して楽しいのだろうか。

 楽しいのだろうな。結局顔だもんな、結局。


「何ボーッとしてんだよ、お前も氷姫のこと狙ってんのか?」

「……んなわけねー」


 本心だ。


 初めて彼女を見た時は、ちょっとくらい浮ついた気持ちはあったけども、今となっては公然わいせつウーマンにしか見えない。黙ってれば美人なんていうが、彼女の場合は無心であれば美人、といったところだ。いやまぁ、これは心が見えてしまうという俺の問題なんだがな。


「いこうぜ」


 口をへの字に曲げる千紘を促して、俺たちは教室を出た。

 


 


 


 


 




 

 

 

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