第2話 裏庭にてひとり
食事を終えると、俺は早々に学校を彷徨っていた。
千尋は陰気な俺と連んではいるが、アイツは別に陰気ではない。むしろ誰にでもグイグイいける陽キャな質だ。部活にも入っているし、交友関係は幅広い。
ゆえに今日は別の友人と約束があるようなので、昼食を食べ終わったら解散した。
ということなので、俺は今ひとり、校内をブラブラと歩き回っているというわけだ。
何か用事があるわけでも、雑に話しかけられる友人がいるわけでもない俺に残された選択肢だった。
教室に戻る手もあったが、それはそれで俺への心の声が聞こえてきて気が滅入りそうだったし。
そんなこんなでひとしきり歩いた後、俺は学校の裏庭に向かった。中庭のベンチはランチスポットで人気だが、こっちの方は全く人気がない。
日あたりは悪くないが木漏れ日ばかりなので薄暗いし、ベンチも整備されてない石造り。苔むしていたりして到底食事できそうな感じではない。
ゆえにほとんど利用されないのだが、俺にとっては最高なスポットだった。
人混みの喧騒から離れて、ゆるりと過ごせるのは校内でここくらいしかないと思う。図書室もまぁ静かだが、その分心の声が目立つ。テレパシストという面倒臭い特徴を持つ俺には、この裏庭が最適解であった。
…が、今回ばかりはそうはいかないらしい。
裏庭への道中、ふと心の声が聞こえてきた。
『うわぁ、うわぁ…。スッゴイ…、すっごい』
「げっ…」
感動というかなんというか、発情というかなんというか。そんな感じのテレパシーが届く。
この声、この内容はもう、アイツしかいない。
曲がり角で身を潜め、裏庭の方の様子を窺うと、案の定というべきかそこには、例のクール美少女、龍樹莉央その人がいた。
苔がまばらに生えた石のベンチに腰掛け、いつもの鉄面皮のまま何かを読んでいる。
『えぇえぇ、そんなところまで!?痛くないの…!?痛くないの!?、だけど……すごいErosを感じるっ!』
やかましいわ。
なんでそんな顔でそんな感情爆発できるんだよ。こえーよ。
心の声からしてエロ小説の類であることは間違いなさそうだ。そも、彼女がそういう本を読んでる場面に遭遇するのは初めてではない。教室で読んでることもあれば、授業中に内職してることもあるし、わりとしょっちゅう出くわす。
無表情でそんな小説をよめる精神と表情筋は、もはや天晴れとも言いたくなるな。
『はあぁぁ、凄いわ。これが生命の神秘。性の美しさ…。男女が裸同士で求め合い、そして愛と誓いのまぐわいを──』
感想戦はいいです。お腹いっぱいです。最近は純愛モノがお好きなんですよね。知ってます。ご勘弁ください。
……にしてもだけど、やはり美人というのは何処に居ても様になるんだな。木漏れ日だけの陰気な場所なのに、そのほっそい光の筋が彼女の輝かしさを際立たせている。
読んでる本が官能小説じゃなければ、どっかのモデル雑誌にでも掲載されてそうな風景だ。まぁこればかりは勿体無いとかの話でもないけども。
まぁ、それについてはいいんだ。問題なのは、どうして彼女がここに居るのか、である。昼休み開始直後は、クラスのヤツと仲良く(?)談笑してたはずだ。その流れで休み時間中一緒に過ごしてるものだと思ってたし、実際今までもそうだった、気がする。
喧嘩でもしたのだろうか。別にいつも無言だし、火種としては今更な気もするが。
『……ふぅ、よかった…。やっぱり落ち着いて読むと興に乗れるな。教室だとみんなに囲まれちゃうし、男子達の目線に緊張しちゃうしで、集中できないんだもん』
……なるほど。みんなの高嶺の花にも、悩みの種ってのがあるわけだ。たしかにずっと注目されてるような感じだったし。そんな経験ないから共感できないけど、納得はできる。
だとすると、俺という邪魔が入るのもアレだよな。同じ、孤独を享受する者として、ここは退散させてもらおう。
『男の子って…私のことどう見てるんだろう…。なんだかむず痒いような視線だし、やっぱりこの小説みたいに、頭の中で私を────』
あーはいはい。お邪魔しましたお邪魔しました。
両手で耳を塞いだ不恰好な状態で、俺はまたブラブラと彷徨き始めた。
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